何とかならないか。近藤さんは考えた。ミシン作業を2段階に分けたらどうだろう? 1回目は穴を空ける。2回目に細い針で穴の周りをかがる。普通の形の針ではミシンに取り付けられる最も大きなものを使っても、穴は見えなくなるほど小さくなって2回目の作業で穴の周りをかがることはできない。だから穴を空けたらその勢いでかがってしまうのだが、小さくならない穴を空けられたらどうだ?
思いつくと、鋼の針金を買い求め、ドライバーにヤスリを取り付けて削り始めた。こんな形の針なら空けた穴が小さくならないはずだ……。
出来上がったのは、針先に2つの瘤がある針である。近藤さんは
「ダルマのお尻が尖ったような形」
と表現する。
ミシンに取り付けて試し縫いをしてみた。何度目かの試し縫いで思ったような綺麗なピコ加工ができた。
自宅裏の鉄工所に頼んで量産し、売り出した。21世紀が始まった頃のことだ。1本1000円ほどの価格をつけたが
「驚くほど売れました。中でもフランスの企業が大量に買ってくれまして」
特許を取るのを忘れたのでほかの会社が作り始め、近藤さんはこの針の製造からは手を引いた。しかし、いまでも大塚パンチング製の特殊針を使っている刺繍屋さんがどこかにあるかも知れない。
【サーモガーゼ】
次回に詳しく書くが、近藤さんは39歳の時、ドイツに学んだ。現地で知ったのが「サーモガーゼ」という強酸性の布である。高熱をかけると崩壊してバラバラになる。
「これは使える!」
と思ったのは、刺繍屋さんから何度も聞かされた悩みがあったからだ。
水で溶ける生地に刺繍をし、仕上がったら生地を溶かしてしまう加工は刺繍屋さんがよく使う手法だ。しかし、欠点があった。水につけると、刺繍糸の色が微妙に変わるのである。時には部分によって色の変わり方が違い、使いものにならなくなる。
「サーモガーゼなら水につけないから、この悩みから解放される」
近藤さんはドイツからサーモガーゼを輸入し、刺繍屋さんに販売し始めた。
刺繍だけでできたスケスケのジャケットを作ったのは、サーモガーゼの販促のためだった。できた作品を日本ジャガード刺繍工業組合が主催する展示会に出品したところ、アメリカン・ステッチ賞を受けた。
「あの頃は、誰もそんなもの作ろうなんて考えていませんでしたから、きっと珍しかったんでしょうね。いまじゃ普通の技術になってますが」
サーモガーゼはその後、熱を加える手間が大変な上、強酸性だから中和してやらないと、後々刺繍糸が変色してしまうため嫌われ始め、4年ほどで輸入販売をやめた。
だから、事業としては失敗だったともいえる。しかし、より良い刺繍を求める挑戦の1つだとみれば、近藤さんの向こう傷に過ぎないのではないか?
写真:大澤紀代美さん(左)と近藤さん