注文の大波が西から押し寄せてきた。2006年のことである。といっても、関西や中国、九州の百貨店や美術館が
「うちでも松井ニット技研のマフラーを扱いたい」
と大口の注文を入れてきたのではない。すべて小口の、電話やファックスでの注文が一時にドッと押し寄せたのである。
突然事務所の電話が鳴った。受話器を取ると関西弁が飛び出してきた。
「いま、あんたとこマフラーをテレビで見てるんですわ。ほら、いま出とるあの人が巻いとるヤツが欲しいんやけど、どこ行ったら買えますんかいな?」
その時間、大阪の毎日放送(MBS)が放送している「知っとこ!」という番組に、松井ニット技研のマフラーが映し出されているのだという。
松井ニットのマフラーを首に巻いたタレントが何とも格好いい。いや、タレントよりマフラーの方ずっと格好良くて、私も同じものを何としてでも欲しくなりました。どこのお店で買えますか?
寝耳に水だった。関西? テレビ? 「知っとこ!」? そんな番組、見たこともないぞ。なんでそんなところでうちのマフラーが出てくる? 売り込んだ記憶もお願いした事実もない。ましてやテレビにコマーシャルを出すゆとりなんてうちにあるはずがないし、だから出した覚えもないのだが……。
そんなことを考えている暇も、実はなかった。1本の電話を皮切りに、松井ニット技研の事務所が爆発したような騒ぎが始まったのである。電話が鳴り止まない。横でFaxは次々に紙を吐き出す。電話もFaxも、趣旨は同じだ。
「松井ニット技研のマフラーを手に入れたい」
である。
「おい、Faxが紙切れだ。予備のFax用紙はあったかな?」
そういう傍らで電話が鳴る。
「はい、松井ニット技研ですが」
と電話に出ると、
「おお、やっと松井さんに繋がったぞ!」
と電話の向こうでの会話が聞こえてくる。どうやら松井ニット技研の電話はパンク寸前で、ほとんど話し中になっているらしい。
「ああ、どうもお待たせして申し訳ありません」
と電話口で頭を下げる智司社長に、電話の主はいった。
「ほら、○○さんがテレビで巻いていたマフラー、あの赤いヤツが欲しいんですけどな」
突然の騒ぎはパソコンにも伝染していた。半端な数ではないEメールが入り始めていたのだ。
パソコンの前に座ってメールソフトを立ち上げた敏夫専務が叫んだ。
「えっ、50件? お、60件、70件、100件を突破しちゃった! どこまで増えるんだ?」
内容は電話やFaxと同じだった。
「松井ニット技研のマフラーが欲しい! 今すぐ欲しい!!」
写真:松井ニット技研の電話、Fax、パソコン