好循環。一つの成功が次の成功を招き寄せ、螺旋階段を登るように全てが上へ上へと伸びていくことをいう。
日本の繊維産業が、生産地を中国やタイ、ミャンマーなどアジア諸国に移す動きはそれからも加速する一方だった。その波は全国を覆い尽くし、松井ニット技研への問屋やアパレルメーカーからのマフラーの注文は減り続けた。総合的に見れば松井ニットのマフラー生産量は年々落ちていった。だから、松井ニットが好循環に乗ったとはいえないかもしれない。
だが、松井ニット技研が生み出した「KNITTING INN」は確実に好循環に乗った。「KNITTING INN」ブランドがついたマフラーを販売する美術館が全国に増え、新聞やテレビ、雑誌などのマスメディアは松井ニット技研を好意的に取り上げ続けた。そして、熱心な松井ニットファンが全国に登場し始めたのである。
それでも、減り続けるOEMによる生産を補うまでの数のマフラーが売れたわけではない。しかし、販売店に直接出荷すれば問屋やアパレルメーカーという中間業者がいない分、マフラー1本当たりの利益率がはるかに良くなった。電話やFax、Eメールによる消費者からの直接の注文分の利益率はさらに高い。
松井ニット技研の業績は「減収増益」を続けたのである。
評判は評判を呼ぶ。
2010年のはじめ、「あいちトリエンナーレ実行委員会」という聞き慣れない団体から突然電話があった。
「今年8月から10月にかけて、名古屋市の愛知芸術文化センターを主会場に、『愛知トリエンナーレ2010』を開く準備を進めています。世界中からお客様が見えますが、実行委が販売するその公式グッズの一つとしてマフラーを作っていただきたいのです。お引き受けいただけますでしょうか?」
トリエンナーレとはイタリア語で「3年に1度」を意味する。その言葉通り、3年に1回開かれる国際美術展覧会としてミラノや中国の広州、国内では大阪、福岡など各地で開かれており、愛知県は2010年から開催を始めた。主会場のほか名古屋市美術館、市内の長者町の空きビル、納屋橋の元ボウリング場が会場で、期間中、会場をはじめ、名古屋市内の百貨店でも50点ほどの公式グッズを販売する。その一つとして、是非松井ニット技研のマフラーが欲しい。電話の主はそう語った。
国の内外から訪れる客を、主宰団体は約30万人と見込んでいた(実際は57万2000人が訪れた)。この30万人に、日本が生み出す美を販売する。松井ニット技研のマフラーは、主催者によって「日本を代表する美」の一つに選ばれたのである。
写真:愛知芸術文化センター。ウィキペディアからお借りしました。