話は少し遡る。
コートールド美術館との縁を取り持ってくれた「メゾン・エ・オブジェ」とは、ヨーロッパ最大ともいわれるインテリアとデザインの見本市である。ここに松井ニットが初めて出展したのは2009年のことだった。東京のある会社から突然Eメールが来たのがきっかけである。
日本の製品をヨーロッパに売り込むため、政府がメゾン・オブジェへの出展企業を募っています。私どもは参加企業の募集、調整、取りまとめを任されました。政府の事業なので出展の費用はすべて国が持つことになります。御社に負担は一切かかりません。御社にいい製品と意欲があればぜひ応募していただきたい。
そんな趣旨のEメールだった。募集枠は全国で7、8社だという。
まず敏夫専務が飛びついた。ヨーロッパ、中でもパリはファッションの中心地である。ここで認められれば世界中に認められたことになり、販路は世界中に広がるはずだ。海外ではすでにA近代美術館での販売実績はあるが、アメリカだけでなく、もっとたくさんの国に輸出したい。
商社で働いた経験を生かして営業を担当する敏夫専務の、それは長年暖めてきたプランである。自力で何とかできないかと思い、計画を模索しているところだった。だが、どうしても資金計画で行き詰まっていた。だから、政府が費用を負担して後押ししてくれるのなら、こんなに好都合なことはない。しかも、「メゾン・エ・オブジェ」には世界中のバイヤーがやってくるというではないか。
自分たちがデザインして製造するマフラーに絶対の自信を持つ智司社長に、反対する理由はもちろんない。そう、私たちのマフラーなら不可能ではないはずだ。
すぐに応募した。間もなく承諾通知が来た。松井ニット技研のマフラーにとっては、
「全国で7,8社」
というのも、決して狭き門ではなかった。やはり多くの人が認めるのである。
2人は意気込んで会場のあるパリに乗り込み、割り当てられたブースを飾り付け、開催を待った。
あれは「メゾン・エ・オブジェ」が開幕して何日目だったろう。やはり日本から出店していた人がささやいてくれた。
「ほら、あのブースにいる2人連れ、あれ、プラド美術館のバイヤーだよ」
プラド美術館はスペイン・マドリードにある。1819年に王立美術館として開館し、歴代のスペイン王家の美術品を展示している。収蔵品はゴヤ、ベラスケスなどのスペイン絵画を中心に2万点を超し、世界を代表する美術館の一つである。