その22  プラド美術館の敬意

東洋の端っこにある島国のちっぽけなマフラー屋が、何という生意気な口をきく、と怒りの声が戻って来るかと覚悟していた。だけど、どれほど生意気に聞こえようと、日本の浮世絵は日本人の美意識が生み出したものだ。日本の歴史と美意識が全身に染みついた日本人でなければ分からないところだってあるだろう? 怒鳴りつけられたら、そんな反論をしてやろうと計算までしていた。

ところが、戻って来たのは全く逆の反応だったのである。

「なるほど、いわれてみればその通りです。あなたのおっしゃることの方が筋が通っている」

通訳を通してのもどかしい話し合いだったが、プラド美術館の担当者は智司社長の言うことをきちんと理解してくれた。それだけでなく、賞賛までしてくれたのである。プラド美術館は正論が通じる世界だったのだ。

話し合いが一段落すると、すぐにそれぞれ200本の注文もらった。取り付ける布製のネームには、松井ニット技研がプラド美術館の依頼で制作したと明記することが許された。それだけでなく、紙のタグには『松井ニット技研製作』の文言に加え、「納戸色」「京紫」の説明をスペイン語、英語、日本語で入れることも決まった。デザイナーとしての智司社長の見識を、このショールを手にする人に分かってもらおうというのだ。

破格の扱いである。いや、松井ニット技研への敬意すら感じ取れる対応ともいえる。

智司社長はこの時、ちょっとした悪戯を仕掛けていた。ジャケットの下に着込んだ黒いハイネックのセーターの襟から少しだけ出るように、松井ニット技研で作っているネックウォーマーを着用していたのだ。ネックウォーマーもマフラー同様の畝織りで、カラフルな色を縦縞に組み合わせたオリジナル商品である。

「プラド美術館の担当者たちは、このネックウォーマーに気づいてくれるだろうか?」

そんな狙いはズバリと当たった。テーブルを囲んでいた一人が

「その、あなたの首からのぞいているのは何ですか?」

と聞いてきたのである。智司社長が、これは松井ニット技研でつくっているネックウォーマーであり、色使いが違うネックウォーマーもたくさんある、と説明すると、

「欲しい。いや、それもプラド美術館のショップで売りたい」

と声を大きくした。

狙い通りの注文を取り付けた智司社長はいう。

「さすがに世界に冠たる美術館に勤める人は感性が鋭い。一目でネックウォーマーの魅力に気がついてくれました」

写真:浮世絵を写し取ったショール。

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