松井ニットとプラド美術館の信頼関係は当面揺るぎそうにない。
日本で明治維新が起きた直後の1968年11月12日、日本の明治政府とスペインは修好通商航海条約を結んで外交通商関係を樹立した。2018年はそれから150年の節目の年にあたった。
「せっかくの記念すべき年だ。何か祝うようなことことができないか」
と思いついたのは敏夫専務だった。
スペインとなると、思いつくのはプラド美術館である。いや、プラド美術館との関係が深まっていたからそう考えたのかも知れない。そして、松井ニット技研が得意とするのはマフラーである。
「そうだ、プラド美術館を代表するような絵画のイメージをマフラーに写し取れないだろうか?」
敏夫専務脳裏に浮かんだのは、プラド美術館の大広間に常設展示されている「バルタサール・カルロス王子騎馬像」だった。何度もプラド美術館を訪れている敏夫専務には、あの絵をくっきりと思い出すことができた。17世紀、スペイン王室の専属画家だったディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケスがスペイン皇太子バルタサール・カルロスを描いた、縦209㎝、横173㎝の大きな絵である。
2018年2月から東京・上野の国立西洋美術館で開かれた「プラド美術館展」に出品されることも決まっていた。この絵のマフラーをつくることができればいうことはない。
そうは思っても、絵の版権はプラド美術館のものだ。勝手にこの絵のイメージを松井ニット技研のマフラーに写し取るわけにはいかない。
「プラド美術館は許してくれるだろうか?」
何しろプラド美術館は常設展示するほどこの絵を誇っている。そんな大事な絵のイメージを使うことを果たして認めてもらえるか? ダメなら諦めるしかないが……。
敏夫専務はあまり大きな期待は抱けなかった。絵画の版権はすべての美術館が大切にするものだからである。断られることを覚悟の上、ロンドンのエージェントを通じて打診してみた。2017年4月のことだった。
懸念は無用だった。打診したと思ったら、日を置かずに
「素晴らしい企画です。是非協力したい」
という嬉しい返事が届いたのである。そして8月には、美術館公認の複製画が送られてきた。至れり尽くせりの協力である。
「思った以上にうまく行きました。これまで美術館所蔵の絵画をイメージしたマフラーやショールをデザイン、製作して納めてきた実績をご評価いただいたのでしょう」
と敏夫専務はいう。
写真:カルロス王子騎馬像のイメージを写したマフラー。