2人でデザインを始めた。改めてこの絵を詳しく見ると、なかなか手強い相手だと分かった。マフラーに落とし込むのが難しい色調なのだ。
マフラーに使える色は180色だけである。例えば茶でも、絵と同じ茶の糸はない。違和感なく、元の絵のイメージを呼び起こしてくれる茶はどれだろう?
空はくすんだブルーが塗り込められている。一番近いブルーの糸の隣にベージュを置いたらくすみ感が出せるのではないか?
背景の山の樹木に使われている沈んだグリーンはどうする?
何度も迷った。完成までに1ヶ月の時間が必要だった。テーマさえ決まれば、普通なら1週間、長くても2週間でデザインはできてきた。この絵にかかった時間は異様に長かった。
この特別なマフラーを購入していただいた方に趣旨をお分かりいただくため、特別の化粧箱を用意した。プラド美術館の許諾を得て「バルタサール・カルロス王子騎馬像」の絵を印刷したものだ。この絵とマフラーをじっくり見比べてください。そんな思いを込めた。
ニューヨークのA近代美術館に始まった「美術館」での販売は順調である。A近代美術館はバイヤーが代わって関係が切れたが、国内の美術館だけでなく、ロンドンのコートールド美術館、そしてプラド美術館と、松井ニットに信頼を寄せる「美」の伝道者は数多い。
ある日、
「次はどこの美術館と取引したいですか?」
と、智司社長と敏夫専務に質問をぶつけた。
智司社長からすぐに返ってきた返事は
「ニューヨークのグッケンハイム美術館です」
鉱山王と呼ばれたソロモン・R・グッケンハイムが1939年に開いた近代美術専門の美術館だ。ニューヨーク近代美術館(MoMA)と並んで、現代美術の普及に貢献したといわれるが、MoMAに比べれば小さな美術館である。
そんな美術館がなぜ目標に?
「7、8年前に行ったことがあるんですが、コレクションがいいし、ショップに並んでいるものも魅力があった。でも、なによりもワシリー・カンディンスキーの絵があるんですよね」
ワシリー・カンディンスキー。第10回でご紹介したように、ミッソーニが色使いを学んだのではないかといわれる抽象画家である。パリのポンピドーセンターでそんな話を聞きながら初めてその絵に接した時、智司社長はすっかり魅せられてしまった。
始めてワシリー・カンディンスキーの絵を見た時、自分たちのマフラーがミッソーニと比較されることなど考えたこともなかったが、桐生出身で世界的なテキスタイルデザイナーだった故新井淳一氏は、松井ニットを「日本のミッソーニ」と呼んだ。面はゆい気もするが、やっぱり智司社長も同じワシリー・カンディンスキーの絵に魅せられ続けている。
グッケンハイム美術館を次の目標に掲げた智司社長には、やはりミッソーニに通じる「美」の感覚があるのではないか。筆者にはそう思える。
だったら、いっそのこと、
ミッソーニを越えろ!
筆者はそんなエールを2人に送りたい。
写真:グッゲンハイム美術館。