松井ニット技研が生み出したマフラーが、突然「世界一」に選ばれたのは、2013年夏のことだった。コンテストがあって応募したのではない。宇宙飛行士、毛利衛さんが館長を務める日本科学未来館が勝手に選んだのである。
この年の4月、大阪・梅田に開業した複合施設「ナレッジキャピタル」が「THE世界一展」を企画した。これに日本科学未来館が協力、科学技術史グループの鈴木一義氏が監修して
「世界に誇る日本の優れた技術」
として170あまりの製品を選んだ。ソニーのウォークマン、ホンダのスーパーカブ、マツダのロータリーエンジン、日清食品のカップヌードルなどと並んで、松井ニット技研のアクリルミンキーマフラーが選ばれたのだった。すべての製品がまず大阪、次に東京で開かれた「THE世界一展」で展示された。
ひょっとしたら、あれは森山亮さんにたたき込まれた
「発注先にいわれた通りに作っていてはダメです。自分で企画をし、作り、販売するようにならないといけません」
というアドバイスが智司社長、敏夫専務の背中を押して作らせたものだったのかも知れない。作ったのは1990年代の半ばである。
このころ、三菱レイヨン(現三菱ケミカル)が新しいアクリル繊維を作った。毛羽立ちがしやすく、ミンクのような風合いが出せる、という触れ込みだった。そこは編み物職人である。興味を惹かれ、いくつか試作品を見てみた。どれも緯(よこ)編みのニット製品だった。
「この糸を経(たて)編みしてマフラーを作れないかな」
敏夫専務は別の機会に試作品を見たのだが、2人は全く同じことを考えた。松井ニット技研はやはりマフラーメーカーなのである。
・糸の特性を活かしてミンクタッチのものにする
・後処理で起毛する
・肌にまとわりつくのを防ぐため、帯電防止剤を使う
・柔軟剤を加える
と方針を決めると、新しい糸に職人魂を突き動かされた2人は早速作り始めた。
まず三菱レイヨンに数種類の太さの糸を発注した。そしてどんなものを作るか、2人で工夫を凝らした。
ミンクタッチにする。そのためには先染めは出来ない。染色と染料、染めるときの温度、染料に付けておく時間を組み合わせる技だが、100℃前後の高温にさらされたアクリル繊維は硬化して風合いが失われてしまう。一度硬化すると、元には戻せない。だから後染めにしよう。
編み方にも工夫を凝らした。ここは智司社長の出番である。ミンクの風合いを出すにはどんな編み方が相応しいのか。使い慣れたラッセル機を駆使して何度も試作を繰り返した。
「皆さんお気づきではないかも知れませんが、うちでしかできない編み方にしました。ええ、あの編み方を真似できるところはないと思います」
写真:「世界一」に選ばれたアクリルミンキーマフラー。