ほかがやらない仕事 下山縫製の3

【Set YOU】
あれは1990年前後のことだった。あるアパレルメーカーを訪ねた湧司会長の脳裏にある思いが湧いた。

「この人、なんでこのアパレルメーカーの社長になったんだろう? どうして東京に自社ビルが持てるようになったんだろう? 俺の方が頭はいいようだが、それでも俺は下請け。何でだ?」

ひょっとしたら不遜な思いなのかも知れない。だが、気になったことはトコトン追求するのが湧司会長である。何とか、アパレルメーカーと肩を並べられないか?
あるアパレルメーカーの担当者に提案してみた。

「私が企画した商品を、展示会に出してもらえませんか?」

下請けのくせに何を言う、と一蹴されることも覚悟していた。ところが、戻ってきた返事は

「ああ、いいですね」

出したのはプリーツスカートである。だが、普通のプリーツスカートではない。プリーツで折り畳まれた生地に、そのまま染料を吹き付けた。こうすれば、表に出たところは染まり、裏になった部分は染まらないままである。体の動きでプリーツが広がると、違った色が現れる。注文が殺到した。

1万6000円の値札を付けたTシャツもブレイクした。生地の一部を薬品で溶かす「オパール加工」をし、むら染め(染めたところと染めないところがある)した糸で水玉を刺繍した。むら染めだから、1つ1つの水玉が違った表情を見せる。

「これが売れに売れてね。繊研新聞にも載ったんだよ」

アパレルメーカーは、プランナーとしての湧司会長の力量に驚いたらしい。

「はい、社内で予算を確保しましたので、次の展示会にも何か作品をお願いします」

と担当者が訪ねて来始めた。スカートからシャツ、ブラウスまで湧司会長の企画作品が展示会に出るようになった。

下山縫製がオリジナルブランド「Set YOU」を立ち上げたのは2000年前後のことである。大手アパレルメーカーの傘下を出て、下山縫製として消費者と直接つながりたくなったのだ。群馬産のシルクを使い、「高級」を旗印に下着からスカーフまで品揃えして群馬県内の道の駅やJR高崎駅構内の販売店などに並べている。

「価格が高いからかな。まだ思ったような結果は出ていない」

と湧司会長はいうが、ひとつだけヒットしたものがある。新型コロナウイルスの蔓延で一時は必需品になったマスクである。

「直接肌に触れるマスクの裏側を、肌に優しいシルクにしたんだ。ある全国紙が書いてくれたら、北は北海道、南は沖縄からも注文が殺到してね」

売上は1000万円を超えた。

群馬県繊維工業試験場の協力を得て、入浴用品「こがねひめ」を開発したのは2016年のことだ。蚕が繭を作る際、最初に吐き出す糸を「きびそ」という。セリシンの含有率が高くてやや固い。セリシンには保湿性、抗酸化性、紫外線吸収性などの特性があり、水に溶ける。

「これは入浴剤に使える」

と思いついた湧司会長は、抗炎症作用や抗菌作用があるウコンできびそを染め、特殊加工を施して湯の中でセリシン、ウコンが効果的に溶け出すようにしたのである。

「この製法で当社として初めての特許を取りました」

まだ知名度が低いためか、販売は思ったように伸びてはいない。しかし、健康志向、美肌志向は年々高まる一方だ。いつ注目を集めてもおかしくはない。

「思いついた手は総て打った。あとは仕事を継いだ光政に任せる」

父の思いをどう引き継ぐか。光政社長はこれから正念場である。

写真:オリジナル商品に囲まれた下山湧司会長 

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