窮すれば通じるのだろうか。
「面白い人がいるので会ってみませんか?」
と声をかけてくれた女性がいた。実験店舗を続けるうちに急速に増え続けていた客の一人である。桐生市の保健師をやっている若い女性で、当時はまだ独身。最初はおそらく、自分の仕事に通じるところがあると思って店を見に来たのだろう。
最初は
「面白いことをやってますね」
と声をかけたくれただけだったが、やがて常連客になっていた。
その彼女が一歩踏み込んでくれたのは、行き詰まっている現状をぼやき混じりに打ち明けたからかも知れない。
面白い人。会って何になるのかな? そんな思いを抱かなかったわけではない。しかし、溺れる者は藁でも掴んでしまうものだ。2人は藁にもすがる思いで出かけてみた。
会ったのは、当時桐生市のインキュベーションオフィス(起業を志す人を支援するための事務所スペース)の管理を任されていた須田博文さんである。仕事柄、起業の支援については経験が豊富だ。
2人が事情を話すと、須田さんがいった。
「国に創業補助金という制度がある。それを使ってみたらどうだろう」
話を聞くと、補助限度額は200万円。事業で利益が出すぎれば別だが、普通は返す必要はないという。全くのゼロからカフェを開こうという2人には渡りに船である。飛びついた。藁でも、と思っていたのに、これ、ひょっとしたら救命ボートではないか?
応募の締め切りが1ヶ月先に迫っていた。その日から渉さんは必死で金融機関に出していた事業計画書を手直しした。書き上げた計画書に須田さんが朱を入れた。A4で20ページほどの応募書類が出来上がったのは、明日が締め切りという日だった。
渉さんは祈るような気持ちで郵便局に足を運び、速達で出した。
「通ったらいいね」
「通らなかったらどうしよう? もう一度銀行に当たるかなあ。熱心に足を運び続ければ、いつかは貸してくれるかなあ」
2人は期待と不安を半分ずつ抱えながら、国の審査を待った。