【細い糸】
2017年、帝人が新しい遮熱糸を開発した。それまでは50本のファイバーをたばねて1本の糸にしていたが、新しい糸は144本のファイバーを束ねている。しかも、束ねた糸の太さは、それでも新しいとの方が細いのである。つまり1本のファイバーの太さはそれまでの3分の1ということだ。
早速新しい糸で試作を始めた。最初は気楽に考えた。慣れ親しんだ仕事である。この糸でもすぐに編めるはずだ。
まったく新しい世界に足を踏み込んだことに気がつくまでに時間はかからなかった。
ポリエステルに特殊な酸化チタンを練り込んでいるのは同じである。ところが、新しい糸は想像以上に細かった。
「編んでいるとファイバーが切れるんです。ファイバーが本当に細いから、糸を巻いている糸簡や編み機の糸の通り道に手で触っても分からないぐらいの出っ張りがあると、数本切れて編み傷ができ、商品にならない」
糸簡の糸が触れる分を微細なサンドペーパーで磨いた。編み機の糸の通り道をすべて点検した。編み機にかける糸のテンションを調整した。編み針の出し方も様々にいじった。
「編み機を調整して6、7m編んでみる。傷がないか点検し、傷があればまた調整する。6、7m編むのに1時間ぐらいかかります。1日の仕事を終えて編み機の調整に入り、気がついたら朝日が昇り始めていた、なんてしょっちゅうでした」
気をつけなければならないのは編み傷だけではない。編むとき糸のテンションを強くしすぎると出来上がったレースは薄っぺらくなり、使った糸の量も減るので充分な遮熱性能が出ない。かといってテンションを緩めれば、もとがファンバーを束ねただけの糸だから仕上がりが毛羽だったようになる。これも避けねばならない。
「編んで、性能試験に出して、結局商品になるまで1年かかりました」
思わぬ副産物があった。これまでの遮熱効果に加えて断熱効果も生まれたのだ。糸が細い分、ファイバーの間に貯め込む空気の量が増えたためらしい。断熱率は38.1%。冬場には室内の暖気を逃がさないレースカーテンの誕生である。
そしていま、1本の糸を構成するファイバー数は2倍の288本になった。遮熱率71%。坂井レースは前人未踏の野を進み続けている。