ロンドンで大学の新学期は9月に始まる。4月に渡航した片倉さんはその間、大学の英会話無料プログラムに通った。イギリスの大学に進むには、英語検定試験に通ることが絶対条件だ。
必死だった。日本の大学で英会話の授業を取ったとはいえ、もともと英語は苦手なのである。しかし、デザイナー、クリエーターをめざしてここに来たのだ。ここは何としても検定試験をクリアしなければならない。
必死だった。英語漬けの暮らしを続けた。耳から入るのも、目で追うのもみんな英語。2ヶ月たち、3ヵ月、4ヵ月と過ぎるうちに、あれほど苦手だった英語が耳に、目に自然に入るようになった。考えてみればロンドンでは、子どもだって英語を使う。いまや立派な成人である片倉さんに理解できないはずはない。要は、慣れ、なのだ。
8月片倉さんは無事検定試験に合格した。
9月、キャンバーウェル・カレッジ入学した。やっとデザイナー、クリエーターの入口までやって来た。
・グラフィック・デザイン
・ファッション&テキスタイル
・プロダクト・デザイン(工業デザイン)
・ファインアート(一般的な美術)
以上が、必修の講座である。デザイナー、クリエーターにつながる分野は全部、一通りやりなさい、というのが大学の方針だった。
勉強漬けだった。しかし、苦しいと思ったことはない。これほど勉強したことはないという日々を送りながら、楽しくて仕方がなかった。目標に向かって、着実に歩を進めているという充実感があった。
片倉さんはここで初めて、テキスタイル(生地)に出会う。それまで生地とはファッションを構成する素材でしかないと思っていた。世に存在するテキスタイルから自分の狙いに合ったものを選び出せばいいのだ、と余り関心を持たなかった。
ところが、ファッションのためのテキスタイルがある、新しいファッションを生み出すためにテキスタイルをデザインする人たちがいる、と聞いて
「面白いな」
と思ったのである。それが後に、片倉さんを桐生市に引きつけることになるが、まだ片倉さんの意識には上っていない。
1年後、チェルシー・カレッジに進んだ。ここで自信を失いかけ、ケイ・ポリトヴィッツに出会って進むべき方向がはっきりしたのは、前に書いた通りだ。
それだけではない。当時ロンドン芸術大学は5つのカレッジから構成されている。
・セントラル・セント・マーチンズ
・ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション
・チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ
・キャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツ
・ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション
である。のちにウィンブルドン・カレッジ・オブ・アーツが加わるが、当時はまだ存在しなかった。
各カレッジはそれぞれ充実した図書館を備えていた。蔵書はカレッジごとに違う。片倉さんが選んだのはチェルシー・カレッジだが、このすべての図書館を利用できたのである。
いまや片倉さんは勉強の虫となっていた。足繁く5つの図書館に通った。ますます勉強に拍車がかかり、知識の幅が広がった。