【工具】
幼い大澤さんは変わった女の子だった。遊び仲間は男の子ばかり。それも、男の子たちを子分にして顎で使うガキ大将である。女の子の遊びとされたままごとにもお人形さんにも一向に関心がない。それでも
「女の子だから」
と人形を持ってきてくれる人がいる。大澤さんは人形には目もくれず、人形の服を縫い始める。
「中身の人形はどうでも良かったの。でも、自分で服を縫って着せ替え遊びをするのは好きだった」
戦後間もなく戦地から引き揚げてきた兄が、すぐ近くで自動車整備工場を始めた。
「私、その工場が大好きでね。ほら自動車工場って、ペンチやドライバー、プライヤー、スパナなんていう工具が壁に掛けてあるじゃない。まだ小学校に上がるか上がらない頃だけど、あれを見ると『ああ、綺麗だなあ』ってうっとり見とれて時間を忘れちゃうの。変ですよね」
ままごと道具も人形も欲しがらない少女が集めたものがある。工具である。誕生日、クリスマス。親にねだるのは工具だった。ペンチ、ドライバー、ニッパー、レンチ、ヤスリ、ハンマー……。
ひと抱えもあるような工具箱に詰め込んだ工具。となれば、子どもがやることは1つだ。
「家の中にある、目に着くものを片っ端から分解しました」
父が大事にしていたドイツ製の時計を分解したのは6、7歳のころだ。夢中になって工具を使い続けた。やがて机の上に雑然と部品が並んだ。ネジ、歯車、ゼンマイ、針、文字盤……。
「分解はできた。でも、まだ6、7歳よ。組み立てなんか出来るはずがないでしょ?」
分解作業が済んだ頃、父が部屋に入ってきた。
「あ、怒られる!」
思わず肩をすくめた。が、父は渋い顔をしただけで部屋を出た。
「あの顔を見て、これはやっちゃいけないことなんだと反省したんだけどね」
反省はした。しかし、手元には大人も羨むような工具が揃っている。
「それからもやっちゃったわよ。目覚まし時計、自転車、我が家にあった機械で被害にあわなかったものの方が少なかったわ」
建築士になろうかと考えたこともある大澤さんは、成長しても道具箱はいつも身近に置いた。中学生の頃、自宅のミシンがうまく動かなくて困っている母に、
「私が直してやる」
と宣言。不調の原因は上糸の調子を整えるピンバネにあることを見つけて見事に直してしまったのが、ミシン職人としての最初の仕事だった。
写真:かつて桐生で縫ったスカジャンを大澤さんはギャラリーに展示している