眼球の奥底に網膜と呼ばれる部分がある。眼球のレンズを通して入ってきた映像が像を結ぶところで、フィルムカメラのフィルム、今風のデジカメなら撮像素子に当たる部分である。網膜炎とは、網膜に不要な光が来ないように守っている色素上皮細胞に小さな穴が空き、水がしみだしてたまる病気である。フィルム、撮像素子の前に障害物が出来るわけだから、その部分だけ像が歪んだりぼやけたり、あるいは見えなくなったりする。自然に治ることが多いというが、大澤さんの場合は自然治癒しなかった。
いまでも、治療法として挙げられるのはレーザー治療である。水漏れを起こしている部分を焼き固めて穴を塞ぐ。
大澤さんはすでに自然治癒が期待できる段階を通り過ぎていたため、入退院を繰り返しながら何度かこの治療を受けた。目に麻酔をかけ、キセノンランプの強烈な光を左目に照射する。
人が一番不安を感じるのは、我が身に起きた病の原因が分からず、治療の可能性も不透明な時だろう。
目が見えなくなるかも知れない。目が見えない横振りミシンの職人ってあり得るか? あり得ない。だったら、ほかに出来ることはあるか? ない。ではどうする……。
大澤さんは落ち込んだ。不安に身を焼かれた。何しろ、自分の腕一本で母と2人生きていこうと心に決めたばかりの時期である。落ち込み方は半端ではなかった。
「お母さん、私、刺繍以外にできそうなこと、ないんだよね」
母・朝子さんにそんな話をした。
「あの話をした時はね、目が見えなくなったら自殺するから、って伝えたかったんです。私の勝手な思い込みかも知れないけど、母も私の思いは分かってくれたようでした。
死ぬ。じゃあどうやって死のうか。
多摩川の近くに住む親戚の家に遊びに行ったとき、水死体を見たことがある。
「あれ、無残ですよねえ。死んでもあんな姿にはなりたくない。だから入水自殺はやめようと」