右目だけは助けたい。その闘いは、さらに1年半ほど続いた。相変わらず自宅での静養、具合が悪くなれば入院、の繰り返しだった。
大澤さんにとっては視力を守り通せるか、失うかの闘いではなかった。生きていくことが出来るか、自殺するかの闘いだった。文字どおり、命をかけた闘いだったのである。
だが、そんな闘いのさなかにあっても、この人にはどうしても消せないものがあった。絵と刺繍に向けた、身体の奥底から吹き出してくる熱気である。
「最初の1年は絵を描いていました。フッと気がつくとスケッチブックを開いて鉛筆を持ってるのよ。お医者様にいわせれば、しょうがない患者だわね」
鉛筆を動かしながら、大澤さんは徐々に変わり始めた。
最初に訪れたのは、人生に対する冷めた気持ちである。
「自分の人生が決まっちゃったような気になって、そうしたら、自分や他の人が生きていることとが、何だか遠くに感じられるようになって、あれがどうだ、これがどうだ、あの人がこういった、こうした、なんてことがどうでもいいことのように思え始めたのよ」
では、遠くから眺めた自分の生とは何か?
「そう考え始めて、あ、私は刺繍に惚れてるんだな、って心の底から分かったんですよ。私には刺繍しかないんだって。病気になって、他にいい仕事、楽な仕事はないものだろうか、なんてことも考えた。母の暮らしを支えなきゃいけない、とどこかで思ってましたからね。でも、どう考えても、私には刺繍しかできないの。刺繍じゃなきゃいけないのね。刺繍がなければ私は生きていけないの。そりゃあ、周りから見れば、それまでの私にだって刺繍しかなかったわよ。でもね、ああ、私って、そんなに刺繍が好きで好きでたまらなかったんだって身体の芯から納得したのは、病気をして初めてだったんですよ」