少し脱線するが、先日、「女帝[エンペラー]」という中国映画を見た。シェイクスピアのハムレットを元にした宮廷劇である。舞台は五代十国時代のどこかの国だが、スクリーンに出てきた宮廷の内部は、多くのレリーフで隙間もないほど飾り立てられていた。それを見ながら
「何でこんなものが?!」
と目を疑った。壁を這い回る龍の目が、まるで死んでいるかのようにドンヨリとしているのである。威厳が、まったくない。素人細工のような仕上がりだ。宮廷は王朝の威信をかけて贅をこらした作りのはずである。それでもこんな龍しか彫れないのか? たいしたことないなあ。
大澤さんの刺繍画で、龍や獅子、虎などのいまにも襲いかかってきそうな野生の鋭い視線を見慣れてしまった筆者の目には、そう写ってしまった。
話を戻すと、大澤さんはスポーツ選手の肖像刺繍をたくさん手がけた。読売新聞の幹部に頼まれてON=プロ野球の象徴的名選手の名をほしいままにする長嶋、王の肖像も縫ったし、キックボクシングで一世を風靡した沢村忠、伝説のプロレスラー、力道山も手がけた。力道山の肖像刺繍はリキパレスに飾られていたそうだ。
大澤さんの肖像刺繍は中国に渡った(第2回をご参照ください)だけでなく、他の国にも渡っている。写真は桐生の繊維産業関係者がオーストラリアを訪ねたとき、土産に持っていったものだ。肖像刺繍の左側に立つ男性(おそらく、オーストラリアの繊維関係団体の代表)を縫ったものだが、大澤さんの作品より実物はスリムである。写真を撮った後、ダイエットに励んだらしい。
これは、兵庫県西宮市の西宮神社本社に飾られているえびす様の刺繍画である。2011年9月の西宮神社本殿復興50年祭の記念に桐生西宮神社が大澤さんに制作を依頼し、奉納した。すべて刺繍で仕上げられた空と海を背景に、えびす様のえびす顔が何とも福々しい。
「西宮神社本社にあるのに、地元の桐生西宮神社にないのは寂しい」
と大澤さんが思い立って縫った「えびす様」を2014年11月、桐生西宮神社に奉納したのが最後の写真だ。本社から御分霊を受けで出来た神社なので、本社のものより一回り小ぶりにした。この刺繍は毎年11月19日、20日に開かれる桐生えびす講の期間中、桐生西宮神社の境内に掲示されるので、誰でも見ることができる。足を運んでいただければ嬉しい。大澤さんは左から2人目。
大澤さんには、桐生えびす講に深い想い出がある。夜は家にいたことがない父・藤三郎さんが、えびす講の夜だけは大澤さんを肩車し、えびす講に連れて行ってくれたのだ。
「それも、兄弟は連れて行かず、私だけなんです。とにかく、父と夜出かけることが嬉しくて」
この刺繍画には、そんな大澤さんの懐かしい想い出がこもっている。