【ふるい】
ふるいの糸は丈夫なポリエステル系である。棒と板は十分乾燥させて狂わなくなった木を使う。
喜多さんが使う棒の1つは幅3㎝、厚さ0.5㎝、長さ130㎝。この棒に1本のふるい糸を密に巻き、片側を30㎝ほど垂らす。巻き終わったら、接着剤を使って棒の片側だけで糸を固定する。この時、垂れ下がった糸の長さは全て同じでなければならないが、使う糸が伸縮性のあるポリエステルだから神経を使う作業になる。
出来上がったものの垂れ下がってループ状になっている糸の間に、喜多さんは幅4.5㎝、厚さ1㎝、長さ150㎝ほどのふるいの板を通した。
これで完成である。
と書けば簡単に思えるが、垂れ下がるループの数は1500本から1800本にもなる。根気の要る仕事だ。
次はこの3つを織機にセットする。まず、1500〜1800もある垂れ下がったふるいの糸の先端を、経糸を上下に分ける綜絖の穴に通す。そして、この穴から出て来た輪っかに、「もじり糸」を通すのである。図を参照して頂きたい。
これらの作業は、架物屋と呼ばれる専門職の手を借りるのだが、棒に糸を巻き揃えるところから数えれば、数日がかりの下準備になる。金属製の「もじり綜絖」を使えばもっと簡単にできるのだが。
下準備が整えば、あとは織機のスイッチを入れるだけで織機が自動的に織ってくれる、というのが大方の織物だ。だが、紗織り、絽織りではそうはいかない。左の図で分かるように、もじり糸はふるいの糸と常に接触している。もじり糸はふるいの糸に引張られて緯糸を通すループを作る。そのたびに糸同士がこすりあう。何度も繰り返すうちに同じ場所をこすられるふるいの糸が毛羽立ち、やがて切れてしまうのだ。
毛羽立つだけでも、切れた毛羽が跳んで生地に折り込まれ、傷になりかねない。だから、定期的にふるいの棒を動かしてもじり糸と触れあうふるい糸の場所を変える。「もじり綜絖」を使えば必要がない作業だが、高品質の紗織り、絽織を織るには避けられない手間である。
だから、喜多織物工場では織機が動いているあいだはずっとつきっきりで、3m織るたびにふるいの糸を手動で2.5㎝動かす。何故3mなのか、何故2.5㎝なのかは、喜多さんの経験が産み出した数値である。
おかげで、幅120㎝もある広幅の紗織り、絽織りに傷が出来ることはほとんどない。だが喜多さんは、テーブルに張った黒いプラスチック板の上で、織り上がった生地を全て検品する。
「ほら、うちで織った紗は密度が濃いから触ってみてよ。密度の濃い紗は手触りが何ともいえないでしょう? トリアセテートという繊維を使ってるんだが、ほとんどの人がシルクと間違えるんだ」
最初に取材に訪れたとき、喜多さんはニコニコしながら筆者に語りかけた。まるで手塩にかけて育てた自慢の息子を披露しているような笑顔が筆者の記憶にこびり付いている。
写真:黒いプラスチック板の上に生地を広げて検品作業をする喜多さん。