「空気中の酸素で染料が酸化され、もとの色に戻っているのです。これがスレン染めです。水に溶けない元の染料に戻ったので、水につけても色は落ちません」
湯だけを入れたフラスコに染まった糸を漬けても、確かに何の変化もない。
もう一つ、黄色も実験してくれた。湯に溶かした状態では黄色である。ところが、これに還元剤を加えると、液が変色して真っ黒になる。この液に付けた糸は、引き上げると黄色に変わり始めた。
筆者は、高校時代に悩まされた化学の実験を思い出した。
「今度は反応染料を使ってみましょう」
スレン染料には2つだけ存在しない色がある。緋赤(ひあか)とターコイズブルーである。この色だけは刺繍糸も反応染料で染める。
反染料は水、湯に溶ける。溶液の色は元の染料と同じである。そこに糸を浸す。同じ色に染まっていく。糸を引き上げても色は変わらない。
「これを湯につけてみます」
フラスコの湯に入れると、液が薄らと染まり始めた。
「乾いた状態ならこれほど色が落ちることはありませんが、染料が水溶性なので、水や湯につけると溶け出すんですね。さて、今度はこれを見ていただきます」
出て来たのは紺色に染められたタオルが2枚。
「どちらも、車のダッシュボードに1年ほど置いておきました。こちらがスレン染めです」
見ると、どの面を見ても、全く色が違わない。
「こちらは反応染料で染めました」
日光が当たらなかった側は濃い青色である。しかし、裏返すと、あの深い青色が抜け落ちていた。
「ご覧のように、スレン染めは水にも日光にも極めて強いんです」
あらゆる染料の中で最強の耐水性、耐光性を持つスレン染料は、だが、染め屋さん泣かせの染料でもある。
「私、もう35年もやっていますが、いまでも1割ぐらいは色が合わなくて染め直しするんですよ」
何がそれほど難しいのか。
写真:工場で作業する堀貴之さん