化学を極める ホリスレンの2

だから堀さんは、染色の途中で何度も色を確かめる。
といっても、染めたい色とは全く変わった染料溶液で染めているのだから、大変だ。タンクからほんのちょっぴり糸を採り出し、まず熱湯で洗う。すぐに酸化による変色が始まるが、濡れている状態と乾燥した状態ではまた色が変わるので、これをドライヤーで乾かす。

「これだ」

という色が出るまで、この作業を普通1、2回、難しい色だと5、6回も繰り返す。

「ところがね」

と堀さんは言葉を継いだ。

「ドライヤーのように強制的に熱を加えて乾かすのと、自然乾燥させるのでは仕上がりの色が違ってくるんですよ、スレン染料は」

ドライヤー乾燥の色から自然乾燥の色を見分ける目を持たねば、この仕事は出来ない。堀さんには、それだけの職人の技が染み込んでいるのである。

では、どうしても色が合わない時はどうするのか。

「いまひとつ色が足りないというのがほとんどなので、もう一度染料溶液につけて染め直します。逆に染まりすぎた場合には還元剤で一部色を落として染め直すのが基本ですが、それでも間に合わないときは黒にしてしまいます」

染め直しの比率は1割を切った。

「これだけは、父の代から改善出来たと思っているのですが……」

まだ作業は終わらない。求める色になったらタンクから糸を採り出し、ソーピングする。熱湯で、糸の表面に乗っているだけの染料を洗い流す。この時、糸に残った染料は空気中の酸素で酸化が進み、元の染料の色にどんどん戻る。また、熱湯の熱でも色が変化する。最終的に狙った色が出るのは、糸から熱が取れた時まで待たなければならない。

最後に、吹き付ける熱湯でも落ちなかった余分な染料を、糸同士をこすり合わせて落とす。こうして荒っぽく扱われても色落ちの心配がない糸が出来上がり、最後にリンス剤でお化粧して、刺繍糸はやっと商品になる。

「スレン染料は素人の方に扱えるような代物ではありません。実は、もっといろいろとやらなくちゃならない事があるんですが、あまりお話しすると、大げさに言えば企業秘密を公開することになるので、お許し下さい」

堀さんは、物静かにそう語った。

写真:染まり具合の点検には釜飯用の窯を使うのがホリスレン流だ

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です