小黒金物店 第8回 押しかけ弟子

アドバイスを受けて、斉藤さんの腕は見る見る上がった。アウトドアが好きな友人にナイフを鍛えてやったり、自作の包丁をマルシェで売ったりと自在に活躍し始めた。ネットのオークションサイトでもぼちぼち売れる。すでに玄人はだしの鍛冶職人だ。

斉藤さんは2018年春には大学を卒業して医師になる。

「小黒さんに教えてもらっているうちに、すっかり桐生になじんじゃって。就職先も桐生にしようかな、なんて思ってるんです」

斉藤さんにとって小黒さんは、敬愛する師匠である。桐生に就職する。仕事がない日に小黒さんと鍛冶場に立つためであることはいうまでもない。そして将来は、志願者を集めて、休日に小黒流の鍛冶の技を伝授できたらいい、と夢を描く。小黒さんの技を絶対に消してはならないと思う。

「師匠はすごいですよ。火床に入っている鉄を見て、『いま300℃ぐらいだな』って、フッという。僕は大学生ですから、本当かな、と疑うんです。それで、大学からレーザー温度計を持ってきて測ってみたら本当に300℃だった。何回測っても誤差はコンマ数%の範囲内。職人の技ってホントにすごい」

小黒さんにとって斉藤さんは、いまでも弟子ではない。友だちである。その友だちを、小黒さんはこう見る。

「大学に行っている人は覚えが早いね。でも頭が良すぎて先走るんだな。自分でいらないと思った手間は省いちゃう。その一手間で仕上がりが変わるんだけどな」

弟子なのか、友だちなのか。
だが小黒さんの表情が明るくなったことは周りが口を揃える。跡を継いでくれると信じていた充さんを亡くした心の隙間に、斉藤さんがスルリと入り込んで埋めてくれているのかもしれない。

「斉藤さんが来るようになってから、なんか楽しいんだわ。来ない日は、仕事をしてても何かが足りないような気がしてね」

桐生は織物のまちである。織物の技術がセットになって生き残っている数少ないまちである。
このまちで、世界に誇ることができる野鍛冶の伝統技術も生き続けてくれるかもしれない。

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