【指名発注】
東京・千住に「天神ワークス」という革工房がある。皮に強いこだわりを持つメーカーとして根強いファンを持つ。
とは後で知ったことだ。「天神ワークス」から突然電話が入った数年前、中島敬行さんには未知の会社だった。
「スタンダードな革のカージャケットを作ろうと思っています。最上の子牛の皮を使います。それに相応しいニットパーツを作ってもらえるところを探して中島さんの評判を知りました。お願いできませんか?」
「中島メリヤス」はパーツメーカーである。理不尽な注文でない限り、仕事は引き受ける。しかし、最上の革とは? どんなニットパーツが求められている?
聞くと、使う革は独自の技法で丁寧になめし、1930年代から50年代の味を再現する。ほかでは出来ない独自のジャケットに仕上げるため、革だけでなく、ジッパーにも裏地にも、もちろんニットパーツにも最高級の物を使う。ニットパーツを使うのは衿、袖、サイドベントの3箇所で素材はウール。
仕事は難しいほど面白い。引き受けた中島敬行さんはまず、素材選びから考えた。
このレザージャケットにはどんなニットパーツが合うか? クラシックな雰囲気にはソフトな衿や袖では似合わないだろう。ゴツゴツするような手触りが欲しい。
選び取ったのは英国のウールである。北極圏からの寒気と雨風の厳しい環境で育つ羊はハリ、コシのある毛をつける。それに毛に黒と茶が混じるのも面白い。これに南米産の羊毛を混ぜてやろう。
そして、古い編み機を使う。もともと低速の編み機の速度をさらに落として編む。昔はもっと編みの速さは遅かったはずだから……。
分厚い、ざっくりした編み目のニットパーツが出来上がった。狙い通り、手触りは粗く、しっかりとしたコシがある。
「はい、あの質感のあるレザーに負けない存在感のあるパーツが編めたと思います」
一発で採用された。もちろん、「中島メリヤス」のパーツが使われているからとこのジャケットを買う客はいないだろう。だが、このジャケットの高級感、ファッションセンスを具体化するには「中島メリヤス」の技が役立ったはずである。