【よじり】
ピンと張った経糸(たていと)を綜絖(そうこう)で上下に分け、その間に緯糸(よこいと)を通して布にするのが織機である。だから布を織る準備は、経糸を張ることから始まる。
機を織るには数千本から2万本を超す経糸を使う。だから。簡単に「張る」といっても簡単ではない。整経(経糸を揃える工程)を終えて大きなビーム(円筒)に巻かれたそれほどの数の糸を1本ずつ、綜絖の穴、筬(おさ=緯糸を手前に締める装置)の隙間を通して巻き取り用のビームに繋ぐのだ。この作業が一苦労であることは容易にご想像いただけると思う。
使い始めの新しい織機なら、どうしても一度はその作業をしなければならない。しかし、多くの機屋さんには使い慣れた織機が並んでいる。それなら、すでに織り上がった布に使った経糸はまだ織機に張ってある。この糸に、これから使う経糸を繋いで巻き取り用のビームに巻き取れば手間がかなり省ける。この作業を「つなぎ」という。
糸同士を繋ぐ手法は地方、あるいは職人さんによって違うようだ。坊主結びにする人もあるが、石原好子さんは親指と人差し指、中指でよじって繋ぐ。この作業を「よじり」と呼んでいる。接着剤は使わない。歯磨き粉のわずかな粘り気だけを頼りに、数千本、2万数千本の糸をよじって繋ぐのが石原さんの技である。
【スーパーライオン】
桐生市内の機屋さんで、石原さんの「よじり」作業に半日お付き合いした。石原さんは1台の織機の、新しい経糸が巻かれたビームと綜絖の間に椅子を置き、盛んに両手を動かしていた。一番遠くの糸から繋ぎ始め、少しずつ後ろに下がって繋ぎ続ける。
右側手の新しい経糸、左側の使い終わった経糸はそれぞれ、数百本ずつまとめられ、軽く縛ってある。この左右の束から並び順に1本ずつ糸を取り出し、左手の親指と人差し指、中指を使ってくるりとよじって繋ぐ。
「私、左手専門なんだよね」
その左手の親指と人差し指は、指紋がほとんど見えない。60年近いよじり作業ですり減ってしまった。膝の上には使い切った化粧クリームのケースに入った歯磨き粉が置かれている。水で溶いたペースト状で、これをよじりに使う2本の指につける。この歯磨き粉をまぶした3本の指でよじると、2本の糸がみごとに絡み合い、繋がってしまう。石原さんの両手は休まず動き続ける。