もう一つ、競泳用水着の生地につきものの悩みがあった。色落ちである。普通に処理したのでは冗談では済まないほど色が落ちる。
スパンデックスはスポンジのように隙間がたくさんあり、その隙間に染料が入り込む。
風呂場でスポンジに石けんをすり込んだところを思い出していただきたい。そのスポンジで身体を洗うと、スポンジの隙間から石けんの泡が程よく出てきて汚れを落としてくれる。スポンジのありがたいところだ。
染めたスパンデックスも、石けんをすりこんだスポンジのような状態になっている。隙間に入った染料がたくさんあり、それがスパンデックスと結合しないままだから押されると出てきてしまうのである。知らずに手で触れると、手が染まってしまう。
スパンデックスほどではないが、ポリエステルも染料の一部が繊維と完全にはくっつかずに繊維の表面に残ってしまい、乾かしたあとでも触れば色がはげてしまう。
この2種類の糸を混紡したのが競泳用水着の生地だ。染色はかなりの難題なのである。
だから、この生地の染色では、しっかり染めながら、でも、いらない染料はすべて洗い落とすという二段構えが必要になる。染料に求められるのは、ポリエステルとはしっかりなじみ、スパンデックスからは落ちやすくなければならないのだ。
だから、染めの工程が終わると、
「還元洗浄剤、という薬剤で、いらない染料をすべて洗い落とさねばなりません」(朝倉剛太郎社長)
それだけならまだ楽、ともいえる。染め上がった競泳用水着には最後の関門が待っている。プールの水だ。
ここには必ず塩素が入っている。殺菌剤として使われているのだが、ご存じのように塩素は漂白剤でもある。日々の練習にも酷使される競泳用水着となると、塩素入りの水に触れている時間は膨大になる。塩素に長時間さらされても色落ちしない最上の染色をしておかないと、ほんの数日の練習で水着から色が抜けてしまいかねない。