ここでお断りしておく。「アクアブレード」で朝倉染布が請け負ったのは生地の染色だけだった。朝倉染布の撥水加工技術では「部分撥水」には対応できなかったのだ。
しかし、朝倉染布は間もなく東レと協力して全面撥水の競泳用水着開発を始めている。デサントが新しくつくる競泳用水着向けだった。他が先行している部分撥水加工をいたずらに追いかけるのではなく、自分の会社の独自技術を信じ、その力をさらに伸ばす努力をするのも経営の王道である。
いまの競泳用水着は全面撥水が当たり前になっているから、先見の明があったともいえる。
競泳用水着の進歩に話を戻そう。
2008年の北京大会前に現れたスピード社の「初代レーザー・レーサー」は世界の目を驚かせた。この水着を身につけた選手たちが次々と世界記録を塗り替え始めたたからである。それも、それまでとは更新の単位が違った。コンマ何秒ではなく、秒単位での記録の塗り替えだった。
「水泳の世界で何が起きているのだ?」
世界中があっけにとられた。
「レーザー・レーサー」は競泳用水着の素材を、ポリエステルの編み物からナイロンの織物に変えた。軽量化を極限まで進めるのが目的だ。
立体裁断で縫い目をなくした。水の抵抗を減らすためだ。
そして、水着の表面に薄いポリウレタンシートを貼り付けたのである。ポリウレタンはスパンデックスの原料だ。それをシート状にして貼り付ければ、締め付ける力は糸よりはるかに強い。水泳選手の体表の凹凸は極限まで押さえ込まれた。
キツキツの水着である。その中に無理をしながら身体を入れる。そのため、身につけるのに数十分もかかった。着にくいが、それでも、記録が伸びる。記録は選手の命である。選手たちは競うように「初代レーザー・レーサー」を使った。
ほかの水着メーカーは次々に新しい水着を創り出すスピード社に翻弄され続けた。スポンサー契約をしていた日本の選手が「レーザー・レーサー」を使うのを日本の水着メーカーが認めざるを得なかったのも北京五輪でのできごとだった。
メーカーとしては最大の屈辱だったことは容易に想像できる。