競泳用水着に革命を起こした「初代レーザー・レーサー」だったが、寿命は長くなかった。
一言で言えば、結果が華々しすぎた。水着のあまりの性能に、記録を塗り替えるのは選手なのか、それとも水着が記録更新の主役なのかが曖昧になった。それに、水泳選手は多くの場合、水着メーカーと契約を交わしている。このため「初代レーザー・レーサー」を使えない選手が現れ、
「公平ではない」
との声が世界中で高まった。
柔道の選手の一部がロボット・スーツを身につけて試合に臨むようなもの、といえば分かりやすいだろうか。
加えて、スピード社を追いかけるメーカーも現れた。「初代レーザー・レーサー」に似た仕組みの水着を造り、それを使った選手が「初代レーザー・レーサー」での記録を塗り替えるケースが出始めた。そのため危機感を持ったスピード社が国際水泳連盟に規約の改定を申し入れたとの話もあるが、真偽ははっきりしない。
いずれにしても2009年7月、国際水連は「初代レーザー・レーサー」の締め出しを決めた。競技用の水着の素材は布地だけしか認めないとルールを変更したのである。
「レーザー・レーサー」に代わる競泳用水着の開発競争が始まった。
「初代レーザー・レーサー」は禁止されたが、競泳用水着の新しい「常識」を創り出した名誉はいまも持ち続けている。水着の、劇的な軽量化である。
身にまとうものは出来るだけ軽い方が記録は伸びる。それは水着用の生地を開発する人々の常識だった。うまくは行かなかったが、より軽い生地を求めて中空の糸で試験的に使ってみた会社もある。
そして、もう一つの古い「常識」が、織物より編み物の方が伸縮性と締め付け度が高いということだった。織物は水着の生地としては使えない、と皆が思い込んでいた。
その常識を、スピード社が塗り替えたのである。ナイロンの織物にすれば水着がはるかに軽くなる。装着にやや手間取りはするが、身につけてしまえばポリエステルの編み物以上の締め付けが得られる。スピード社が採用したナイロンの織物は画期的な生地だったのだ。
新しく創り出す競泳用水着が、「初代レーザー・レーサー」が実現した新しい「常識」を取り入れたものになるのは必然だった。