競泳用水着の世界に「革命」が起きたのは、1976年のモントリオール五輪である。あの奇跡の糸、スパンデックスに目を付けた開発陣が存在したのだ。
「編み方で伸縮性を出すのではなく、糸自体が伸び縮みしてくれる。これを使えばもっと速く泳げる水着を創り出すことが出来るのではないか?」
狙いは、水の抵抗を減らすことだった。
燃費効率が重視され始めると、自動車メーカーは空気抵抗が小さくなるデザインを研究した。抵抗力は動くものを止めようとする。抵抗が小さくなればより小さな力でより遠くまで動くことが出来る。流体力学に注目が集まり、風洞実験で走る車の周りの空気の流れが研究された。空気が乱れずに流れる形を求めてボディーの角を丸め、表面の凹凸を減らし、出っ張りをできるだけなくした。いま街を走る自動車で空力抵抗を減らすデザインを採用していないものはない。
同じ発想が競泳用水着の世界にも入り、水の抵抗が徹底的に研究された。速く泳ぐには水と触れあう部分の抵抗を減らさねばならない。原理は空気の抵抗を減らす自動車と同じである。角を丸め、凹凸を減らし、出っ張りをなくす。
とはいえ、人の身体に凹凸は必ずある。だから
「水着で身体を締め付け、身体の凹凸をできるだけ少なくして水の抵抗を減らす」
ことが研究陣の課題として浮かび上がったのだ。
トリコット編みでは締め付ける力が弱い。体表がなめらかになるほど締め付ける素材はないか。そこにスパンデックスが登場したのである。世界中の水着メーカーがスパンデックスの研究に着手した。
日本でも研究が始まった。スパンデックスを作るのは東レデュポン。ミズノ、デサントは加工された生地を競泳用水着に仕上げる。
朝倉染布は1964年からオリンピック日本水泳選手団の水着の生地のほとんどを加工してきた。そして何より、奇跡の糸、スパンデックスの加工の研究を他に先駆けて始め実績を積み重ねている。スパンデックスにどのような特性を持たせたら「速く泳げる水着」を創り出すことが出来るか。朝倉染布は競泳用水着の開発でも重要な役割を果たすことが求められたのである。
世界に負けてはいられない。そうそうたるトップメーカーに朝倉染布を加えた研究チームが始動した。