リラックス工程が終わると、今度は乾燥工程だ。スパンデックスに理想の伸縮度を持たせる重要な工程である。
乾かすために濡れた生地に熱風を吹き付けるのだが、スパンデックスはこの時に加えられた熱で自分の形を決め、その後は形状記憶合金のようにその時の状態に戻ろうとする性質がある。難しいのは、加える熱の温度で仕上がった生地が変わることだ。水着メーカーは生地に理想の伸縮度を求める。その規格に合った生地に加工できるかどうかは、熱風の温度コントロールが全てである。
ところで、その温度は何度ですか?
「企業秘密です。全ての工程の中で最も高い温度、とだけいっておきます」(朝倉剛太社長)
いまでこそ朝倉染布はスパンデックス加工を自家薬籠中のものにしている。しかし、スパンデックスの性質の細部までは解明されていなかった当時は、試行錯誤してみるしかなかった。何度も熱風の温度を変えて乾燥させ、メーカーが求める規格に合っているか、水泳用水着として理想の生地にできたかどうかを調べるしか手がなかったのである。
ローマもスパンデックス使用の競泳用水着生地も、一日にしてはならなかったのだ。
地道な研究が実ったのは1988年のソウル五輪だった。鈴木大地選手が男子100m背泳ぎでみごとに金メダルに輝いた。400mメドレーリレーでは、緒方茂生・鈴木大地・長畑弘伸・三浦広司4選手の男子チームが5位に入賞した。
長い間精彩を欠いていた日本の競泳の、復活の兆しだった。
もちろん、この誇らしい成績は、選手たちが才能と努力で勝ち取ったものであることに疑いはない。しかし幾分かは、競泳用水着開発に汗を流した人々の貢献もあったはずである。