【熱収縮チューブ】
今泉さんのもう1つのお勧めは熱収縮チューブである。これを、綜絖に通されているカタン糸と通じ糸の結び目にかぶせ、ドライヤーの熱で縮めて結び目を覆う。
このチューブは結構高価で、1本7、8円もする。それを8000本の通じ糸が下がっている架物なら材料費だけで6万円前後かかる。もちろん、工賃もかかる。できるだけ安く挙げたい機屋さんからは嫌われる。
「だけどね、これをやっておくと、カタン糸と通じ糸が切れることが絶対にない。それに、2回結びをすれば通じ糸の端は上を向くから隣の経糸を持ち上げることはほとんどないが、それでも結び目が悪戯してしまうことが時々ある。チューブをかけておけば、それも絶対にないんだよ。経糸の本数が増えて目が細かくなったら、金をかけてでも絶対にやっておいた方がいいんだ」
【福徳液】
織機を動かすのに使われる糸に塗る「福徳液」という特殊な商品がある。同封されている説明書には
「織機部品の付属糸類(綜絖糸、通じ糸など)の摩滅切断を防ぐために、本液を塗布しますと特に摩擦部においては、塗布以前の十倍以上の耐久力を保ちます」
とある。成分などは一切表示されておらず、
「本液使用の実績は、既に業界各位の絶大な賞賛を受けております」
と自画自賛とも取れる言葉が並ぶ。いや、今泉さんもこの液を使い続けるユーザーの1人だから、まんざら自画自賛でもないのだろう。
今泉さんによると、ラッカーなどは糸の表面にくっついて固まるだけだが、「福徳液」は糸の中にまで染み込んで固まって糸の強度を上げる。だから手放せないのだという。普通は綜絖に付いているカタン糸に塗布する。綜絖は金属、カタン糸は糸だから、双方が触れあうところが最も切れやすいからだ。
しかし、今泉さんは通じ糸の首、ナス管に引っかけるところにもこの「福徳液」を塗る。ここも金属と糸が触れあうところで、糸切れの恐れがあるからだ。
ところが、ここにまで「福徳液」を塗る機拵えさんはほとんどない。
「だからね、カタン糸に塗る分は機屋さんに請求できるんだが、こっちは材料費も手間賃も請求できないんさ。それでもやっといた方が安心だからね」
取材を始めた当初、何故今泉さんが機屋さんに評価されるのかを知りたくて
「何か工夫があるでしょ? 自分で見つけた技があるでしょ?」
としつこいほどに質問を繰り返した。しかし今泉さんは
「そんなこと言われたって……。この仕事、間違っちゃいけないし、手が早いか遅いかは人それぞれでしょ。技と言われたって人の真似をすることもあるし、そもそも、他の人がどうやっているか余り知らないしね。ウーン」
と言葉を濁すばかりだった。ご紹介したのは、知り合いの機屋さんに聞いた話をヒントにやっと今泉さんから聞き出せたことだけだ。
ある機屋さんは、
「今泉さんの架物は10年、15年は安心して使える」
と言った。
きっと、私が聞き出せなかった「今泉流」はもっともっとあるのだろう。取材力の乏しさを思い知らされたことを付記しておく。
写真:妻志津江さんと進める筬抜き作業。息がピッタリ合っている。