「桐生一のサイジング屋になってやる!」
志は高く、確かに賃機に比べれば工賃も高かった。当時の織都桐生には仕事も溢れるほどあった。しかし、いかんせんにわか覚えの糊つけである。数え切れないほどの失敗に見舞われた。
綛(かせ=糸を緩く巻いて束にしたもの)で運び込まれる糸をボビン巻き取り、サイジング機にかけて糊を付ける。一見単純な仕事だが、
「糊が固すぎて落ちてくれない」(織り上げた後、湯などで糊を落とす必要がある)
「もっと糊を固くしてくれなきゃ、糸切れが多すぎて困る」
そんなクレームに度々見舞われたのである。サイジングの要諦は糊の調合にあることを思い知らされた。
サイジングに使う糊は数種類の糊と浸透剤、油剤などを調合して使う。この調合が難しかった。糸の種類、太さ、撚りの数などで割合を変えねばならない。その日の湿度でも仕上がりが微妙に違う。先輩に聞いても職人の技はなかなか言葉にならない。
「もう少し固く」
「これは固すぎる」
程度の教えしかもらえない。すべては失敗を繰り返しながら、目で見て手で触って、それぞれの糸に合った調合を見つけて勘を身につけるしかない。糊の濃度計など存在しないのである。
そんな悪戦苦闘を続けているうちに星野さんは、糖度計という計測器があることを知った。
「甘さが測れるのなら、これで糊の濃さも分からないか?」
早速買って試してみた。この思いつきがみごとに当たった。それまでは経験と勘に頼るしかなかった糊の濃さが、この測定器1つできちんと数値化できたのである。星野さんはそれぞれの糸やその日の湿度に合った糊の調合の仕方をノートに記録し始めた。
糊の付き具合が見違えるほど安定した。クレームもすっかりなくなった。星野サイジングの評価が急騰したのはいうまでもない。
写真:桐生市境野町の工場で機械の前に立つ星野治郎さん