【染める】
繊維産地桐生は多品種少量生産を支える細かな分業制が特徴だ。その中で泉織物は一貫生産を指向する機屋であり続けた。できることは自分でやってコストを減らす、のではない。理想の和服を産み出すためには例え一部といえども人任せにできない、と考えるからだ。
染色には2つのアプローチがある。糸の段階で染めるのを先染めという。布に織り上げた後で染めるのが後染めだ。泉織物はどちらも自家薬籠中のものにしてきた。先染めした糸で織り、織り上がった生地を今度は絞り染めする。糸や木などで染めたくないところを締め上げて染料が入らないようにして染める。これを何回か繰り返す。そのたびに柄は複雑になり、艶やかさを増す。父の代から、ほかにない着物を産み出そうと絞り染めに力を入れてきた。
泉さんが
「染色をもっと極めなければ」
と考えたのは、京都の問屋を見返せるほどの白生地が織れるようになってからだった。糸から創る泉さんの白生地はほかと比べて高価だったが、京都や沖縄で独特の和服を作り続ける作家と呼ばれる人たちの感性を虜にした。あまりの評判にほかの機屋も何とか同じ生地を織ろうとしたが、糸から手がける泉さんに追いすがる機屋は、今のところ現れていない。
そこまでは狙い通りなのだが、困ったことが持ち上がった。時折
「生地が悪いから染めがうまく行かない」
とクレームを付けてくる染め屋さんが現れたのだ。作家さんに頼まれて引き受けたがうまく染まらないという。
そんなはずはない。染め上がりも頭に入れて糸を創り、織り上げているのである。その生地がうまく染まらないわけはないのだ。
ところが、反論ができない。泉織物が代々受け継ぐ染色の手法は頭に入っているが、作家さんは独特の染め方をする。生地が原因ではないと説得するには、染色についての深い知識が要る。
加えて、泉さんはほかではできない絹織物を織るようになっていた。見た目を司る絹糸、着心地を司る絹糸、風合いを司る絹糸など数種類の糸を、使う目的によって最適になるよう組み合わせた生地には、それに適した、これまでにはなかった染め方があるはずだ。
泉織物の染めはすべて手染めである。染料にはそれぞれ発色温度があり、40℃、50℃、70℃などそれぞれ違う。だが、手を染料に突っ込めるのはせいぜい50℃が限度。70℃の染料を使う場合は感頼りにならざるを得ない。
こうして泉さんは、自分が創り出した糸、生地に合わせた染め方を1つずつ開発してきた。
糸を絞る素材も研究課題だ。それぞれの着物に合った最適な風合いが出せるものはないか?
「インターネットってありがたいですよ。検索するといろんな材料が見つかる。ロープも沢山ありますし、ビニール製、ゴム製のチューブもよりどりみどり。これ使えないかな、と思うと、誰も見たことがない染め上がりを頭の中で描きながらポッチンしちゃいます」
泉さんはまだまだ発展途上人である。