【ブランドメーカー】
父は正しかった、と実感したのは間もなくである。賃金が安く、年々技術力が向上する中国を初めとしたアジア諸国に、縫製の仕事は流出し続けた。だから長谷川さんはブランドメーカーに向けて舵を切ったのである。こうして「Season off」が産声を上げた。
「Season off」。一風変わったブランド名である。
「ご存知のように、縫製業は受注産業です。ひと昔前はミセス向け、ヤング向け、キャリア向け、と発注時期が違い、1年中仕事があった。ところがアパレルも業績不振が相次ぎ、市場の動きを見ながらシーズン直前に発注するようになって、仕事が集中する時期と全く仕事がない時期、つまりシーズンオフができるようになった。これだと、縫製の職人さんを常雇いするのが難しくなります。そこで、シーズンオフを埋める仕事、として独自ブランドの服を作り始めたのです。『Season off』には、私たちのそんな苦境が刻み込まれているんです」
余り布の再活用から始まった「Season off」は、すぐに最終製品に最も相応しい生地を仕入れて使うようになっただけではない。
どんな基準で生地を選ぶのか? を考え抜いた長谷川さんは
「自分で着て気持ちのいいもの」
を基準にしようと決断したのである。
いまの主力商品はジャージだ。
「普通のジャージって、生地が伸びるんですよ。しばらく着ていると膝が出るし、ポケットの口がだらしなく開く。そうなるともうパジャマにしか使えない。だったら、一生もののジャージを作ってやれ、って思って」
まず、伸びにくく耐久性がある生地を探した。隣の足利市で見付かった。伸びやすいポケットの縁と襟元には布テープを縫い付けた。ファスナーは「テープ」と呼ばれる布の部分が表に出ないよう、見返しでテープを包んだ。
素材が高価な上、手間がかかる。上下で3万円の値札をつけて店頭に並べている。
「幸い、お客様に『これ、安いわね』といっていただけます。私の思いを受け止めていただいているようです」
シャツには超長綿の糸を使った生地を使う。繊維が細くて長く、目を詰めて織っても柔らかく、ほかのシャツとは肌触りが違う。濡らしても乾燥が早いのも特徴だ。
「EACH OF LIFE THE SHOP」を歩くと、袖口がリブ編みになったシャツがある。しかも、このシャツには両サイドにポケットがついている。
「普通のシャツは袖をまくり上げるのが面倒じゃないですか。これなら引っ張り上げれば済みます。それに、シャツを着ていて何かをポケットに入れなくなったことはありませんか? このシャツならそれもできます」
ワンピース、スカート、ズボン……。生地はその気になれば誰にでも手に入る。デザインだって奇をてらうことはない。店頭に並ぶ「Season off」は、どこにでもありそうで、実はどこにもなかった衣服だともいえる。来店客が
「そうそう、こんなのが欲しかったのよ」
といってくれるのは、長谷川さんの「気持ちの良さ」が込められているからに違いない。
「いや、私だけの気持ちよさではありませんよ」
ナガマサは「Season off」の試作段階で全社員が試着する。1人でも
「着心地があまり……」
というものは商品化しない。「Season off』にはナガマサ社員全員の気持ちよさが詰まっている。
写真:「Season off」を生み出すナガマサの縫製工場。