【緑を求める】
草木染めの泣き所は緑色だ。緑の色素を持つ草木が存在しないからだ。だから、緑色は藍色に黄色を重ねて作り出す。藍の濃さ、黄色の濃さの違いで様々な緑が誕生する。
このため、祖先たちは数多くの緑系統の色を作りだした。鶯色はウグイスの羽のような渋い緑で、深川鼠は緑味がある明るい灰色、若苗色は淡い黄色みを帯びた緑、萌木色は黄味の勝った緑、青竹色は明るい緑青色、常磐色は深い緑、青柳色は春の柳の葉の緑……。
緑に染める工程でもっとも手間暇がかかるのは藍染めだ。
伝統的な技法を守る工房では、まず開花直前の藍の葉を摘み、その日のうちに細かく切り刻む。翌朝、これをムシロに広げて乾燥させ、乾いたら俵に詰めて寝かせる。この間、ふるいにかけたり、水をかけたりして全体をまんべんなく発酵、熟成させる。3ヶ月ほどで藍染めの原料になる「すくも」が完成する。
藍の色素をインディゴという。インディゴは水に溶けないため、すくもからインディゴを水の中に引き出す工程が必要になる。「藍建て」と呼ばれ、樹木を焼いた灰を溶かした灰汁を使う。沸騰させた灰汁にすくもを混ぜ合わせると再び発酵が始まる。毎日かき混ぜ、時々灰汁を継ぎ足して2週間ほどで染色液が出来上がる。
より良い、より鮮やかな色を求めて、様々な「秘伝」がある。すくもから染色液を作る工程で、「秘伝のひと匙」を加えるのである。ふすま、貝を焼いた灰、日本酒などは知られているが、いまだに秘せられているものもあるらしい。何を混入して求める色を手にするかに藍染めの職人さんたちは試行錯誤を繰り返してきた。
「でもね」
と田島さんはいう。
「藍からインディゴを引き出さなくても、藍のインディゴと全く同じ成分の化学合成染料があるんです。それを使った方がはるかに合理的でしょう」
田島さんが染める藍染めは、市販のインディゴを、ソーダ灰やハイドロコンクを還元剤として加えて水に溶かした染色液で染める。
「こうすれば、藍染めって実に簡単なんです」
伝統的な手法に比べれば手間暇が数十分の1で済む。藍染めした布に、刈安の葉、クチナシの実、鬱金(うこん)の根、キハダの樹皮などから伝統的手法で引き出した黄色を乗せて緑に染め上げる。
「私の中途半端なところかも知れませんが、藍染めにはインディゴを使っても、すべてを現代的な手法にしてしまうと、何となく味がなくなるような気がしましてね」
伝統の技を離れ現代科学を駆使する田島さんの技を邪道という向きもあるかもしれない。しかし、かつては手機で何日もかけて織っていた反物はいま、高速織機で瞬時に出来上がる。日本橋から京都まで2週間も歩かねばならなかったのが、新幹線「のぞみ」に乗れば2時間少々だ。それが科学が成し遂げた進歩である。草木染めだけが昔のままに止まらなければならないいわれはない。
こうして田島さんの「日本の四季の色」は出来上がった。各季節の色が10色ずつである。筆者は桐生に赴任してしばらくたった2010年頃、天然染色研究所を訪ねて目にした。その瞬間、思わず息を呑むような鮮やかな色彩が目に飛び込んだ。
「1000年以上も昔の女性たちが、こんな美しい色に身を包んでいたんだ」
驚いただけではない。遙かな昔にこんな色を生み出して楽しんでいた民族の一員であることに、何だから誇らしい気分を味わったのである。
写真:天然染色研究所での田島さん