【色は移ろう】
田島さんは、思い描いた色に染まるかどうか不確かなことが草木染めの最大の魅力だという。
化学染料を使えば、注文主が指定した通りの色を作って染めることができる。それが染め職人の腕の見せ所でもある。
しかし、草木染めではそうはいかない。
「煮出す時間、その時の湯温、その日の気温や湿度、染色液につけている時間、その時の液の温度、かき回し方……。毎回同じ条件を作り出すことはできません。だから同じ色に染めようとしても、毎回違った色合いになる。ああ、これは自然から色を頂いているんだな、って豊かな気分になれるんです」
泣き所は色が褪めることだ。空気中の湿気、紫外線、洗濯。草木で染められた色は必ず褪色してしまう。だから草木染めはアパレルメーカーには見向きもされない。限られた人達の趣味の商品でしかない。
いや、もったいない。田島さんの「日本の四季の色」に魅せられた筆者は、日本古来の鮮やかな色彩を身にまとった現代の女性を見てみたい。そんな思いに駆られて田島さんを問い詰めた。
「草木染めの褪色は止められないんですか? 化学薬品で処理するとか、なんとかなりませんか?」
田島さんは素っ気なく応えた。
「無理なんです。草木の色素は自然に分子が壊れていく。その自然の摂理は何ともなりません」
どうしても色落ちは止めることができない……。
「でもね、色落ち、っていうからマイナスのイメージしか出て来ないんですよ。私は、色の移ろい、っていっています。自然の中に移ろわないものはありません。衣服を身につける私たちは体も心も移ろいます。色だけが移ろわないって不自然でしょ? 現代社会は時の流れの中で移ろっていく色を愛でる心のゆとり、楽しむ心の豊かさをなくしてしまったようで、寂しいですね」
田島さんは人間国宝の染織家、志村ふくみさんの言葉が忘れられない。
紅花で染めるとピンクに近い明るい赤になる。これを「乙女の赤」という。
茜(あかね)で染めると、強い、茶に近い赤に染まる。これを「主婦の赤」という。
スオウを使って赤に染めようとすると、媒染剤の種類、量によってどす黒くなったり明るくなったり、色目がどんどん変わる。これを「娼婦の赤」という。
私たちの祖先は、同じ赤にも様々な表情を読み取り、色の褪め方にも物語を紡いできた。いまの私たちは、色とはかくあらねばならないという四角四面の世知辛い感性しか持ち合わせなくなってしまったのか?
田島さんの話を伺いながら、ふとそんな寂しい思いがよぎった。