花を産む さかもと園芸の話 その2 サボテン

進学先に選んだのは日本大学農獣医学部農芸化学課である。どれほどサッカーに熱中していても、比較すればサボテンには及ばなかった。サボテンで食べていきたい。しかしサボテンの商売で生きていけるか? 大学での4年間を、サボテンを育てるための幅広い知識を身につけ、ビジネスの可能性を探る期間と思い定めての選択だった。

なにしろ、自分の一生がかかっている。正次さんの調査は徹底を極めた。図書館で本を読み、手に入る資料を漁り尽くす。活字からはこれ以上のデータは取れないと判断すると、50ccのバイクを駆けって埼玉から大阪まで40軒の生産農家と園芸の通販会社を訪ね廻った。4年生の時だった。

こうして卒業論文が完成した。だが、結論は期待を裏切った。サボテンで暮らしていくのは難しい、と書くしかなかったのである。

「愛好家は多いんです。でも、当時のサボテンの流通は相対だけ。それじゃあ、事業にはなりにくい。それに、スタート段階で相当の資金と時間が必要だということも見えてきた。断念するしかないですよねえ」

人は自分の思い、願いに固執することが多い。ソフトバンクグループが2019年7〜9月期の決算で大きな赤字を出したのは、米国のシェアオフィス会社WeWorkへの投資の失敗が原因だった。当初から投資判断が間違っているという指摘はあったが、

「いけそうだ」

という最初の判断に天才経営者ともいわれる孫正義氏が引きずられたためといわれる。最初の思い、判断を捨て去るのは誰にとっても難しいことなのだろう。

正次さんは10年近く、サボテンで生活を立てたいと願っていた。自分が生涯をかけようとしているサボテンビジネスへの思いは強烈だったはずだ。だから徹底的に調べた。それでも可能性が薄いと見ると、

「やり方を工夫すれば何とかなるだろう」

という甘い考えは持たなかった。断腸の思いだったに違いないが、ダメなものはダメ、と断念した。出来そうで、なかなか出来ないことを正次さんはやってのけたのだった。

写真:サッカー少年だったころの正次さん

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