「こんな大きな花をつけたアジサイは見たことがない!」
ベネトリクス女王の驚きは、審査員たちの驚きでもあったのだろう。フロリアード1992でひときわ華やかだった群馬県のブースは高い評価を受けた。竹で編んだドームのデザインが金賞を得た。そして、ベネトリクス女王の目を輝かせたさかもと園芸のアジサイから、「ミセスクミコ」が選ばれて、これも最高賞である金賞を受けたのだ。
正次さんの目は、決して身びいきで曇ってはいなかったのである。
前にも書いたように、アジサイは日本原産である。だが、品種改良が進められて様々な新種を創りだし、「本場」を誇ってきたのは西洋だった。その西洋のオランダで開かれた国際展示会で、アジサイの原産地である日本の坂本正次さんが、原産地の意地を見せた画期的な受賞だった。
「きっと」
と久美子さんは語る。
「西洋のアジサイって、あまり手をかけなくても作ることができるものが多いんです。育種の段階から自立するものが選ばれている。それに比べて正次さんは花が咲いたときの形の美しさにこだわりました。その結果、生育途中は支柱で支えてやらなければ立っていられない種もできたんです。だから手間がかかります。いってみれば、私たちのそんな繊細さが評価されたのではないでしょうか」
フロリアード事務局から賞状を受け取った。受け取ったのはそれだけである。賞金も賞品もない。いわば、名誉だけが与えられる賞である。
それでも、日本の花業界は湧いた。
「店頭に『ミセスクミコ』を並べるとき、『フロリアード1992金賞受賞』ってパネルを出しましょうよ」
という人がいた。正次さんは激しくかぶりを振った。
「俺は嫌いだ。絶対にやらない! そんなことをしなくったって、分かってくれる人は分かってくれる。それでいいんだ!」