「カフェをやりたい」
と最初に思いついたのは、不動産会社アンカーの副社長、川口雅子さんだった。雅子さんは、社長である貴志さんの妻である。
といっても、社長夫人の趣味、道楽でオシャレなカフェのオーナーになりたいと思ったのではない。ましてや、副社長の仕事として、不動産業営業の新形態、別働隊としてのカフェをつくろうと戦略的に考えたのでもない。
ある日、
「まちのお年寄りたちが気楽に立ち寄れる場所があったらいいなあ」
という思いがふと浮かび、思いに背中を押されて計画に着手した。
そんな思いにとらわれるまでには、短い歴史があった。
桐生市の本町通り沿いに、3階建てのビルがある。そのオーナーが、武士ふみえさんだった。
雅子さんが知り合ったときはすでに89歳。ご主人はとっくになくなり、一人息子にも先立たれた独り暮らしだったが、このビルの1階を賃貸し、その収入で経済的には不自由のない暮らしをしていた。
しかし、波風はあらゆる人の人生につきまとう。ある日、賃貸契約が解消され、テナントが出て行ったのだ。
家賃収入がなくなった。暮らしを維持するには新しい入居者を探し、賃貸借に伴う物件の管理、家賃の徴収もせねばならない。しかし、ふみえさんは普通の主婦しかやったことがない。専門的な契約の話なんてどうしたらいいのか見当もつかない。困って親戚筋の病院長に相談し、そこで紹介されたのが不動産会社アンカーだった。こうして、雅子さんはふみえさんに出会った。2006年のことである。