ふみえさんが住んでいた本町通り沿いのビルは、亡くなったご子息が設計したものだった。ふみえさんにとっては喜びと悲しみの思い出がいっぱい詰まっている特別な建物だ。それを
「是非川口さんに買って欲しい」
とふみえさんが頼んできたのは亡くなる1年ほど前のことである。他の人には譲りたくない。何としてでも川口さんに受け継いで欲しい、というふみえさんの思いがひしひしと伝わってきた。
2人はふみえさんの思いを受け止め、譲り受けることにした。すぐに売買契約を結び、それまで住んでいた桐生市菱町から引っ越した。
住まいは3階である。テナントが入っていた1階は相変わらず空いていた。そして、ふみえさんが亡くなった。
「よし、私、ここでカフェを開こう」
ふみえさんの葬儀を終えて間もなく、たくさんのお年寄りの「知ってる人」になろうという雅子さんの計画が動き始めた。ふみえさんに頼まれてこのビルを買ったのも、
「雅子さん、たくさんのお年寄りが集まれる場所をつくってね」
というふみえさんのメッセージだったのではないか? これもきっと何かの縁なのだ。ふみえさんに応えるにはカフェを開くのがいい!
心が決まればあとは準備を急ぐだけだ。貴志さんは今回もあっさり同意してくれた。
1階の広さは約100m2。少し狭いかな、と思ったが、何しろ空きスペースである。採算を考えないカフェを開くには、家賃がいらないのは何よりありがたい。