最初に見つかった「曾我兄弟夜討ち」のハイライトは、曽我五郎、十郎の兄弟が富士の裾野を舞台に、親の敵工藤祐経(すけつね)を討つ場面である。佐藤さんは、ここを盛り上げようと考えた。
オリジナルのからくり人形では、2人の刃に討たれた工藤祐経はバッタリと倒れるだけである。が、これでは味気ない。なにしろ所領争いで五郎、十郎の父を闇討ちした卑劣な極悪人なのである。昔の東映時代劇映画では、悪いやつはいかにも悔しそうに身もだえしながら死んで行くではないか。
「だからね、斬られて一度倒れた工藤祐経がムックと起き上がり、苦しみながらもう一度倒れるように改造したんです。操り糸を1本増やすだけで簡単にできますから」
忠臣蔵にはいくつもの工夫を加えた。
第一場。吉良亭前に押し寄せた赤穂浪士は大石内蔵助の采配で吉良亭に押し入る。まず大高源吾が掛矢を振りかぶって門扉を打ち壊しにかかる。オリジナルの大高は掛矢を持った腕を上下するだけでやや迫力がない。
佐藤流の大高源吾は掛矢を持ち上げると、グッと上体を反らす。全身の力を込めて門扉を破ろうとの構えだ。
続くのは寺坂吉右衛門である。持った縄梯子をハッと塀の上に投げ上げ、縄梯子はみごとに塀の上に引っかかって侵入口を作るのだが、これは佐藤さんのオリジナルである。
「元はなかったシーンですが、こちらの方が迫力があるでしょ?」
塀の屋根には雪が降り積もっている。元は綿でできた雪だった。その綿に縄梯子の先につけた鈎を引っかけようというのが佐藤さんの試みだった。
「だけど、綿じゃ滑っちゃって引っかかってくれないんです。それでいろいろ試して真綿にしてみたらみごとに引っかかってくれました」
屋敷内のハイライトは、清水一学と堀部安兵衛の一騎打ちである。邸内の池に架かった橋の上で2人は激しく斬り合う。
「最後は清水一学が斬られて死ぬんだけど、オリジナルではバタン、という感じで倒れちゃうのよ。それじゃあ余韻がないと思って、いかにも悔しそうにゆっくり倒れるように改良しました。スプリングを仕込んだんだけどね。同じ仕掛けは、巌流島で小次郎が武蔵に斬られるシーンにも流用しましたよ。一学も小次郎も斬られる方だけどヒーローでもあるわけでしょ。バタンと倒れてくれたら余韻がない」
佐藤さんの改良の手が入った「五条橋(牛若丸)」「曾我兄弟夜討」「巌流島」「助六由縁江戸櫻」「義士討入り」「羽衣」のからくり人形レプリカ37体はいまも現役である。有鄰館での定期公演で活躍しているのは、レプリカたちである。