白瀧姫が機を織るように見せるにはできれば杼を飛ばし、筬で緯糸を詰めるために手を動かさなければならない。杼を飛ばすなんてできそうにないが、それでも機織りをしているように見せるには右から左、左から右と飛んでいるはずの杼を目で追う仕草をしてほしい。杼を目で追うには首が動かねばならない。
ここからはからくり人形師の腕の見せ所である。
まず筬を手前に引く腕。動かねばならないのはまず肩の関節である。滑車を使った。白瀧姫の身体となる本体から心棒を出し、そこに滑車を取り付ける。この滑車に腕をつける。繰り糸でこの滑車を回すと、回す方向で腕は上下に動く。
それだけなら、からくり人形の多くに使われている仕組みである。だが、そこでとどまらないのが佐藤さんだ。
「腕が上下するだけで面白いか? 俺たちの腕はもっといろいろな方向に動くぞ」
佐藤さんは心棒に通す滑車の穴を、心棒より少し大きくして遊びを作った。独自の工夫である。この遊びで白瀧姫の腕は上下だけでなく、左右にも少し動く。こうすれば、人の腕の動きにずっと近づけることができる。
第1号の試作機では、肘は110度の角度で固定した。だが、動かしてみると不自然だった。腕を手前に引くと身体まで後屈してしまうのである。人間は肘も曲がるから、手だけで筬を手前に引けるのだ。
上腕と前腕を分けて心棒で繋ぎ、前腕に操作糸を取り付けた。この糸の操作で前腕の角度を変えることが出来る。上げた前腕を元の位置に戻すのは、肘に巻いた平ゴムの力だ。この腕を作ってもらった白瀧姫が左手で筬を手前に引くと肘は自然に曲がり、元に戻る。身体が後ろに倒れることもなくなった。
人形の首を回すのは簡単な仕組みでできる。首を支える心棒が回るようにすればいい。首の角度を変えるのも難しくはない。心棒が通っている台座の角度を変えるのだ。だが、それだけの機構では首の動きがカクカクしたものになりかねない。佐藤さんはここにも、独自の「遊び」を設けた。首の心棒より、心棒が通る台座の穴を大きくしたのである。そして、この部分にはバネを仕込んだ。
このホンのちょっとした工夫で、人形の首の動きがずっと自然になる。左手で筬をトントンと動かし、経糸の上糸と下糸の間を左右に動く杼を目で追う白瀧姫の姿は、人間の動きに近い。
「すみません。写真を撮っていいですか?」
白瀧姫を演じていると、時折観客か声がかかる。佐藤さんはいつも
「いいですよ」
と答える。観客がカメラを抱えると、白瀧姫はカメラのレンズの方に顔を向け、右手を頬のそばに引き上げてポーズを取る。
「えっ、凄い! まるで人間みたいじゃないですか!」
と歓声を上げさせる白瀧姫の自然な動きは、佐藤さんが独自に工夫した「遊び」によるものだ。