そのころ、テレビの取材が入った。作りかけの白瀧姫を見た取材クルーは
「これ、凄いですねえ!」
と驚いた。白瀧姫が本当に機を織っているように見えるという。人は褒め言葉に弱い。中でも佐藤さんは褒められると舞い上がる。気をよくしすぎたあまり自制心が緩み、ついつい見得を切ってしまった。
「だけど、ちゃんと機を織れなかったら白瀧姫じゃありませんよ。これから本当に機を織るように改造するんです」
まだ、からくり人形に機を織らせる仕組みは思いついていない。あ、言ってしまった、と思ったが後の祭りである。
佐藤さんは1週間ほど悩んだ。
その日も悩みながら夕食の膳につき、いつものようにテレビでニュースを見ていた。開発途上にあるリニアモーターカーの実験線が映し出されていた。巨大な車体が確かに浮き上がっている。それが動き出すとたちまちのうちに高速運転に移った。
「へー、磁石で浮き上がって走るのか。凄いな」
突然のひらめきが佐藤さんを襲ったのはその時だった。
「杼を磁石で浮かせて走らせればいいじゃないか!」
こうなると時間が惜しい。そそくさと夕食を済ませた佐藤さんは、作業部屋に飛び込んだ。いま浮かんだアイデアを一刻も早く試してみたい。
佐藤さんは、杼の一つを取り上げると前と後ろに丸い永久磁石を2つ埋め込んだ。
これで“リニアモーターカー”の車体部分は出来た。が、レールを造らねばリニアモーターカーは動いてくれない。
レールは織機に取り付けた。白瀧姫から見て筬の少し手前、経糸が上下に分かれる部分の下側に横に中空になった長いアクリルの棒を取り付け、永久磁石を2個埋め込んだ木片を入れた。この木片を両側から紐で左右に動かす。
磁石のS極とS極、N極とN極は反発し合う。この原理を使って杼を浮かび上がらせ、ボックスの中の木片を動かすことで杼を動かそうというのだ。
「うまく動いてくれ!」
木片の真上に杼を置いた。確かに浮き上がりはした。
「よし!」
と思ったが、浮き上がった杼はすぐにずれてしまう。ボックス内の木片を動かしても杼が木片を追いかけてくれない。考えてみれば当たり前で、杼が浮いたのは磁石同士が反発しあっているからである。反発している磁石はもう一方の極を探してくっつこうと動き回り、自分と同じ極を追って動くはずはない。
せっかく閃いたのに実験は失敗した。だが、ここでめげる佐藤さんではない。
「だったら、磁石同士をくっつけてやれ」
ボックス内の磁石の向きを逆にした。これで杼をくっつける。そのままボックス内の木片を動かす。
「動いた!」
ここまでくれば、もう完成したも同じだ。磁力が強すぎれば、くっつき方が強すぎて動いてくれない。弱すぎれば杼は途中で木片を追いかけなくなる。何度も繰り返して、最適な磁石を選んだ。
完成したのはえびす講の4、5日前である。その日は夢も見ないでぐっすり寝た。
織機は3度作り直した。杼は6個も作った。11月19日の桐生えびす講の初日、神楽殿のある広場のからくり人形小屋。白瀧姫は本当に布を織り始めた。陰に隠れて白瀧姫を操る佐藤さんの口元に、満足そうな笑みがあったのは決して不思議ではない。