10数年前、新型の編み機が出た。それまでなかった紋様が編めるというドイツ製である。
織物と違い、レースは白一色である。使える紋様のパターンは「あつ(厚)「うす(薄)」「あな(穴)」の3つだけ、というのが、それまでの編み機だった。糸を厚く編むところ、薄く編むところ、糸がないところ、である。これを4つの糸の編み方で産み出していた。
だが、この新鋭機は驚くような糸の飛ばし方をし、16種類の編み方を可能にしていた。メーカーはこの機能を使い、110種類の編み見本をつけていた。この110種類のパターンを組み合わせるだけなら、ボタン操作で簡単にできる。
レース屋さんは欲張りである。16種類の編み方ができるのだから、組み合わせればできるパターンは110種類だけではないはずだ。こんなものできるだろうし、ああやればもっと面白い柄になる。周東さんに頼めば紋データ(コンピューター制御の織機、編み機は「紙」ではなく、デジタルデータで動く。このデータを紋データという)を作ってくれるだろう。
「周東さん、この新鋭機でこんな柄を編みたいんだ。よろしく」
注文を受けた周東さんは戸惑った。そんな複雑な編み方ができる編み機の話を聞くのは初めてだ。どうやって紋データを作ればいい?
だが、断らないのが周東さんの原則である。
メーカーの編み見本を手に入れ、16種類の糸の回し方の分析から始めた。構造図を書いてみる。ここからこんなところに糸が飛んでいる。この飛ばし方もできるのか。であれば、頼まれたパターンを編むには、こんな紋データを作れば……。
「それまでの紋データに比べると、15倍、20倍の時間がかかったけど、できました」
目先の仕事はできた。しかし、新鋭機用の注文はこれからも増えるだろう。この編み機を導入するレース屋さんが他にも出るはずだ。どれほど時間がかかろうと工賃は変わらない。注文の度に時間がこんなにかかっていたのでは商売にならない。
かつて務めたIT企業から独立していた友人に新鋭機用のソフトウエア製作を頼んだ。といっても、編み機の動き方など知らないプログラマーだから、仕様書は総て自分で書いた。半年ほどで、納得できるソフトができた。いわば、周東オリジナルソフトである。
新鋭の編み機はその後、多くのレース屋さんに使われ始めた。
「貴方のところは、どういう風に紋データを作ってるの?」
と、福井市のレース会社の専務から電話をもらったのは数年後である。
その工場で検品をする女性たちの間で、
「このレース、すごく綺麗ね」
と話題になった製品がある。調べてみると桐生からの注文で、紋データは周東紋切所製だというのである。
「せっかく使える組織が増えたのです。仕様書を作る時、糸の回し方、絡め方、止め方など、私が知っていることを全部注ぎ込みましたからね。それが良かったのかな」
この分野では、私の作る紋データが最高ではないか。
周東さんは少しはにかみながら、そう語った。
写真:パソコンで作業をする周東さん