こんな作業を毎日のように繰り返す。クリムトに寄り添い、クリムトから離れ、さらに壊して松井智司の世界を作る。そんな作業だから、一つの色系のマフラーが5、6種類出来る。ちょっと見るだけなら同じに見えるが、もう一度見るとそれぞれが微妙に違っている。黄色が少し薄くなっていたり、色の並びが変わっていたり、縦縞の幅が変えてあったり……。
「これなら市場に出せる」
というデザインが出来るまでのマフラーはすべて、捨てることを前提に作ってみる試作品にすぎない。
おそらく、このデザイン作業の中に智司社長の美意識が埋め込まれているのだ。
母やおばあちゃん、おばさんたちが身につけていた絢爛な色使いの和服、帯。
市川歌右衛門の舞台衣装、舞台の天井から下がっていたあふれるほどの藤の花。
幼い目で見た桐生の芸者さんたちのきらびやかな和服、帯。
親戚の料亭で見た置物、陶器、庭。母が選んで着せてくれた服。
中学の教科書で見たアルタミラの洞窟壁画。
高校生の時に東京で見たゴッホ。
茶の湯にのめり込んで惹きつけられた小堀遠州の「綺麗さび」。
ヨーガン・レールのデザインで見いだした多色使い。
ポンピドゥ・センターで知ったワシリー・カンディンスキーの「色の合唱」。
YEARLINGでの合唱で見いだした「倍音」の美。
イタリアで目を見開いた大胆なオシャレとファッションのコーディネーション。
……。
それらがすべて混じり合い、結び付き合って松井智司社長の美感を形作っているのに違いない。神経を研ぎ澄ませるようにして進むデザイン作業が、あなたの首を飾って気分を浮き立たせる松井ニット技研のマフラーを毎年生み出しているのである。
とはいえ、松井ニット技研のマフラーは商品である。遅くとも7月中にはデザインを仕上げ、8月には生産に入らねばならない。9月になれば
「すぐに送ってくれ」
という注文が押しかけるからだ。
だから、中には
「もう少し何とかならないかなあ……」
と後ろ髪を引かれながら生産に入らざるを得ないものも混じってしまう。もっとも、智司社長の美感に照らせば
「もう少し」
かも知れないが、筆者の目にはどれもこれも逸品に見えるのだが。
——ところで、社長は冬場になると必ずマフラーを巻いていますね。毎回違った色系のマフラーを巻くんですか?
「いや、やっぱり私は男ですし、年齢もあります。自分に合うのは、って選びますね。最近はブラウン系が多いなあ。あ、自分がそうだからといって、他の色系のデザインに手抜きをするわけではありません。念のためですが」
筆者は毎年の松井ニット技研のマフラーで、自分用にはブラック系かブラウン系に目を惹かれることが多い。あなたはどの色がお好みだろうか? 2019—2020シーズンの新しいデザインも使われた色がそれぞれ違った合唱を奏でている。あなたにピッタリの1本、あなたの目に、各色の組み合わせが倍音を見せてくれる1本はありましたか?
この原稿が公開されるころ、智司社長はすでに2020-2021シーズンに向けたデザインを終え、松井ニットの工場では生産がそろそろ始まっている。
写真:原稿の中に埋め込んだ写真を含めて、すべて2019—2020シーズンの新作です。
松井智司社長様には 自分の行くべき道や悩んだ時に 背中を押していただいた 恩師でした。
改めて 松井智司社長様を懐かしく思い出に浸る事ができました。 胸がいっばいです。
偶然にも 松井ニット物語 伝記が拝見できました事
ありがとございます。