そういえば、それまで取引がなかった東京のメーカーからも薄いナイロンオーガンジー(オーガンジー=薄くてハリのある織物)の縁飾りの注文が来たことがある。ブラウスの前身頃の縁をブランケット刺繍で飾って欲しいのだいう。だが、生地が極端に薄いので、糸を5㎜から数センチ飛ばすブランケット刺繍では縫い糸に引きずられて生地が丸まりやすい。
「いつも使っている東京の刺繍屋さんに『うちじゃ出来ない』って断られまして。あちこち探して、シャオレさんならやっていただけると聞いたものですから」
ピコカットという特殊刺繍がある。まず生地に太い針を刺し、生地の目を押し広げて穴を空けると同時に穴の周りをかがる。ここまでがピコ加工で、この穴の部分をミシンに取り付けた自動はさみで切り離すのがピコカットだ。左右の端にかがり刺繍をしたテープを作るのに使う。
「シャオレさん、やって下さい」
と注文を出してきたのは中国の工場である。この工場ではテープを作るのに、ピコ加工まではミシンでやり、あとははさみで切り離してテープにしていた。空いた穴の真ん中、刺繍糸が通っていないところを正確に切ればいいのだが、人がはさみを使えばなかなかそうはいかず、刺繍糸を切ってしまう。こうなるとかがっている糸が抜けて使いものにならない。ピコカットをしているほかの刺繍屋さんに比べてはるかに歩留率が高いシャオレの評判をどこかで聞きつけたらしい。
ジグザグ縫いで2枚の生地をつなぐ加工をダブルピコット刺繍という。ベトナムの日系企業から
「当社では縫えない。何とかシャオレさんでお願いしたい」
という注文が入ったのは2018年のことである。
経糸(たていと)、緯糸(よこいと)のどちらかを抜き取り、出来た穴で模様を描くドローンワークと呼ばれる手法もシャオレの得意技だ。針で抜き取りたい糸を押し下げ、たるんだところをカットして穴を空ける。シャオレは幅1㎝弱までの穴を空ける加工が出来る。
取材に訪れた工場の一隅に「isseymiyake.com」と印刷された段ボール箱が積まれていた。ん? これは著名デザイナーのイッセイミヤケさんからの注文?
「ああ、よく来るんですよ。今回は女性服のピコ加工です。ワンピース、パンツ、スカート、下着なんかが入ってます」
イッセイミヤケ氏もシャオレの技に痺れている1人らしい。
写真:ミシンの前で、櫻井さん夫妻