180台の特殊ミシン シャオレの2

【俺は機械職人かな】
しばらく考えていた櫻井さんは言った。

「特殊ミシンって調整が難しいんだよな。布の厚さや使う刺繍糸の太さ、その日の天気なんかで特殊ミシンはご機嫌を変えちゃう。それをなだめてちゃんと働いてくれるようにする、ってのが技と言えば技かね。ほかのところはミシンの調整をミシン屋さんに任せちゃう。ミシン屋さんもそれほど技術は持ってないし、新しいミシンを売った方が利益になるから『こりゃあ、新しいミシンを買ってもらわないと』となっちゃうことが多い。俺は、それを自分で調整するからねえ。刺繍の技というより、機械調整の技、俺はどっちかというと機械職人かも知れないね」

特殊刺繍屋さんに来る注文は3つに分かれる。

①出来る特殊刺繍
②何とかなるかも知れない特殊刺繍
③絶対に出来ない特殊刺繍

である。どんな特殊刺繍屋さんも①は引き受ける。その刺繍が出来る特殊ミシンがあれば誰にだって出来るからだ。③は誰だって断る。世にある特殊ミシンでは出来ない加工だから引き受けようがない。例えば、撚りがかかっていない糸で織った生地でドローンワークは絶対に出来ない。

対応が変わるのは②である。おおむねの特殊刺繍屋さんは断る。あのミシンを調整したり新しい部品を取り付けたりすれば出来るかも知れないが、自分では調整は出来ない。ミシン屋さんに頼めばびっくりするようなお金を取られるか、法外な価格のパーツを勧められるか、新しいミシンを勧められる。採算を考えれば断るしかない。

櫻井さんは

「出来るかも知れない」

と見れば引き受ける。あのミシンのあの部品を調整すれば、あの部品を改造すれば縫えるはずだ、と見通せるのだ。180台のミシンをすべて自分で整備し、必要な部品は自分で作ってきた積み重ねが教えてくれるのである。だから櫻井さんの

「何とかなるかも知れない」

は、

「出来る」

とほぼ同義語である。

「何とかなると思うよ」

と注文主に応えると、櫻井さんは準備に入る。

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