3種の経糸 桐生絹織の1

【まだ見ぬ布】
注文を受けた機屋さんはまず織り見本を織る。ほんの数m織って発注者に見てもらい、

「これでいい」

と発注者の了解を取って本生産に入る。
どの機屋さんでも繰り返される風景だが、おおむねは同工異曲の生地を織るのだから慣れたもので、日常業務の1つに過ぎない。

ところが桐生絹織では、毎回のようにある種の緊張が走る。デザイナーやアパレルメーカーが、これまでになかった生地が欲しい時に桐生絹織を頼ってくることがしばしばなのである。
なにしろ、それまで織り慣れたものとは全く違う生地である。どんな織り方をしたら望まれている生地を生み出せるのか? 注文の1つ1つについて織物の構造を設計し、織機で織る工夫を重ねなければならない。そのために絞り出す知恵の量も、試行錯誤を繰り返す織り見本制作も、並大抵ではない。

加えて、量につながらないのも辛い。繊維を含めた工業製品は大量生産をすることでコストが下がり、利益が膨らむ。織り見本が上手く出来て発注者に気に入られ本発注につながったとしても、こうした新規な生地は一部の高級衣服に使われることがほとんどで、大量生産とは無縁なのだ。
だから、多くの機屋さんは、開発にかかる手間、採算性の両面から、新機軸を打ち出そうという注文は敬遠する。

だが、桐生絹織の4代目社長、牛膓穣(ごちょう・ゆたか)さんはどんな注文が来ても

「やってみましょう」

と二つ返事で引き受ける。牛膓さんを頼りにする発注者が多いのはそのためだろう。30もの発注が集中する月もある。それぞれの注文の織り組織を設計し、織機を動かして試し織りを繰り返す徹夜に近い日々を過ごすことも希ではない。
こうして牛膓さんが仕上げた織り見本は7割から8割が発注者の満足を得て本発注に結びつくという。

「いやー、とりあえずは引き受けるんですが、『おいおい、これはどうやったら織れるんだ?』と頭を抱え込むこともしょっちゅうです」

これまでなかった何かを創造するのは心躍ることである。手慣れた生地を、織機のスイッチを入れるだけで織るのに近い仕事に比べれば、新しいものに取り組み続けることは楽しいのに違いない。だが、経済原則からすれば採算性はよくないはずである。

「僕はね、個性のある小さなアパレルメーカーやデザイナーさんと付き合うのが好きなんです。彼らは自分らしいものを産み出そうと楽しそうにやっているから、僕の方も楽しくなりますもん。1社から5000mの注文をもらうより、10社から500mずつの注文を頂く方が楽しく仕事ができます」

牛膓さんは一風変わった機屋さんである。

牛膓さんの作品例:70年代を今風にアレンジしたパンツ

 

写真:産み出してきた数々の生地と牛膓さん

1件のコメント

  1. 3種のタテ糸のこと、とてもよくわかりました。そういうことだったのかー、と、織物をやっているのに知りませんでした。桐生絹織さんの牛腸社長の言葉も、彼の仕事の向き合い方がよく理解できました。こういう機屋さんが少ないのが、桐生の今の現状を産んでいるのかもしれませんね。桐生の細部まで取材していて私の知らないところが沢山載っていて、とても勉強になります、ありがとうございます♪

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