刃物は厚く作って薄く研げ。
これが刃物造りの原則である。
熱され、叩かれた鉄の表面は、小黒さんによると
「空気にさらされることもあって疲れてるんだんべ」
この疲れている表面は、研いで落としてやらないとまっとうな刃物にはならない。だから厚く作って研ぐ。研ぎも重要な工程なのだ。
小黒さんの鍛冶場では臼のような形の砥石がモーターでぐるぐる回転しており、その上に絶えず水が落ちて表面は濡れている。これに鉈らしい形になった金属を押し当て、正確に鉈の形にする。見る見る砥石と金属が削れ、削られた粉が水と混じり合ってペースト状のものがモリモリと出てくる。小黒さんは何度も包丁を砥石から離し、ペースト状のものをぬぐい取りながら形を確かめる。この間、約20分。
見た目はやっと鉈になった。が、このままでは切れない鉈である。まだ最も重要な工程が残っている。焼き入れである。
鋼は焼いて急速に冷やすと組織が変化して堅くなる。焼き入れをしていない鋼は鋸で切ることができるが、焼き入れをすると鉄の結晶の中に炭素が入り込むマルテンサイトという構造ができ、最も固くなるのである。
そして、打刃物づくりで最後に切れ味を決めるのが、この焼き入れだ。まず加熱するのだが、絶対に温度を上げすぎてはならない。熱しすぎた鋼を適温になるまで冷やして急冷するとボロボロと刃こぼれする鉈になる。かといって、適温より低い温度までしか上げずに急冷しても刃物としては使い物にならない。一直線に適温まで温度を上げ、適温になったと判断したら直ちに急冷する。
それに、焼き入れする鋼は、全体が同じ温度になっていなければならない。ここは750℃、こちらは800℃、この部分だけは770℃、というのでは、焼きが入った部分と入らなかった部分が混じり合った刃物になって使えない。
では、適温とは何度なのか?
「770℃から780℃というところだね」
小黒さんの火炉には1200度まで測れる温度計が取り付けてある。だが、小黒さんは、その温度計も信用しない。頼るのは加熱された鋼の色、だけである。
「赤いような、オレンジのような微妙な色なんだ。夕焼け色、という人もいるなあ。見る物の色は周囲の明るさで変わってしまうんで、焼き入れをするのは夕方から夜にしてる」