二渡さんは桐生市内の十数の工場に仕事を出している。そのうちいくつかの工場に案内してもらった。
「いやあ、酷い人ですよ」
にこやかに出迎えながら、開口一番、そういったのは刺繍工場の職人さんである。
ここでは、二渡さんが起こしたロゴや図案を、まず高齢の職人さんが横振りミシンで縫う。最初からコンピューターでデザインすると、綺麗だが味も素っ気もないものになるというのが二渡さんのこだわりだ。
酷い人——それは恐らく、二渡さんの仕事への厳しさにある。手仕事でできた刺繍にOKが出るとコンピューターにプログラムして量産に移るのだが、ここでも二渡さんのダメ出しが続く。
まず冒頭の写真を見ていただこう。
私の目には、どちらも同じ刺繍でできたタグにしか見えない。最初の仕上がりは右のタグだった。だが、これではダメなのだ。
「文字に毛羽が目立つし、骨の質感も出てない。もう少し追い込んで」
何度もプログラムを調整する。
「これ、糸が詰まりすぎている。もう少しまばらにして」
「これじゃあまばらになりすぎ」
「ラインがシャープすぎる。いかにも機械生産、って感じじゃ困る。もう少し、自然な乱れが入るように」
そのたびにプログラムを調整する。何度も続いたダメ出しの結果できたのが左の完成品だ。
この髑髏の刺繍も上の2つを含む複数の過程を辿って写真下の完成品にたどり着いた。
確かに、こうして並べてみれば骨と頭蓋骨の質感は完成品の方が上だと、私のような素人の目にも分かる。しかし、上の二つでも十分商品になるのではないか? そこまで目が利く客はほとんどいないと思うが……。
「お客様を馬鹿にしてはいけません。他では手に入らない最高のものを求めて桐生まで来ていただけるのです。その思いに全力でお答えするのが私の仕事なんです」
二渡さんの辞書には「妥協」という言葉は掲載されていないらしい。