二渡さんはフラリと旅に出る。愛用のバイクにまたがっての一人旅である。週末や連休は店が忙しい。ふらり旅は、だからいつも平日である。一緒に店を切り盛りする妻のさやかさんに
「ちょっと行ってくる」
と言い残して出る旅は、シーズンオフの旅でもある。少なくとも年に3回。1回あたり1週間ほどかけて日本国中を走る。
目的地は定めない。
「何となく、東北の方に行ってみようか、今回は信州方面か、程度ですね」
地図は持たない。ナビもない。
「目的地がないから無用の長物でしょ?」
原則として一般道を走る。
「高速道路って、目的地があって、そこにできるだけ早くたどり着きたいから使うんですよね。私、どちらもありませんから」
愛車のエンジン音、顔をなでて通り過ぎる風のちょっと手荒い愛撫、初めて見る沿道の景色。バイクならではの楽しみは沢山ある。やっぱりバイクはコンクリートジャングルには似合わない。バイクは山と川のある背景に溶け込む。
だが、二渡さんのバイク旅の楽しみはそれだけではない。
「私、人、が好きなんです。初めて出会う人に『こんにちは』って挨拶をして、四方山話をして。日本中にこんなに人がいるんですもん。1人でも多くの人に会って話してみたいじゃないですか」
食事をするために入った定食屋で。燃料を補給するガソリンスタンドで。
「どこから来なさった?」
「桐生ですけど」
「桐生? 聞いたような気がするけど、栃木県?」
「いや、群馬県ですよ。織物で知られてるって思ってたんですけど。ところで、このあたりで一度は見ておいた方がいい、なんていうのはありますか?」
「ああ、それなら○○を見ていきなさいよ」
「どう行ったらいいの?」
「この道をまっすぐ行って……」