小黒金物店 第8回 押しかけ弟子

何度か来たことがある若者だった。刀の鞘を作るナイフと特殊な鑿を作ってくれという。引き受けて鍛冶場に入ると、そのままついてきて横に立ち、小黒さんの仕事をじっと見ている。
よほど刃物が好きなのだろう。時々こんな客がいる。だから、ふと口にでた。

「学生さん、あんたもやってみませんか? なーに、そんなに難しくはないから。うん、悪戯してみなよ」

2015年春のことだった。

若者は斉藤悠さんという。群馬大学医学部の学生である。当時4年生。
古武道の剣術をやる。持っている5振りの日本刀を、ネットで知った桐生の研ぎ師に研いでもらうようになり、その研ぎ師が鞘も作ることを知って鞘も頼んだ。見ているうちに自分でも鞘が作りたくなった。研ぎ師の刃物を借りて作り始めたが、これまで使ったどんな刃物とも切れ味が違う。

「すぐ近くにいる小黒さんの打ったやつだ」

とい聞いて、小黒さんにナイフと鑿(のみ)を注文しに来た。ついでに、小黒さんの仕事の見学を決め込んだのだった。

出来上がった鑿とナイフを使ってみた。切れる。日本刀の切れ味を知る斉藤さんの目には、小黒さんが打った刃物は国宝級の刀鍛冶が打った刀と並べてもおかしくない。刃を当てるとすっと木の中に切れ込み、あまり力を加えなくても正確に、思い通りに木をそぎ取る。
魅せられた。

小黒さんは弟子を取らない。昔から守ってきた原則である。いや、息子の充さんは弟子だったかもしれないが、あれが最初で最後だ。あれからは、鍛冶場で一緒に槌を振りたくなった相手はいない。
これまでも、熱心に仕事を見ている人を誘ったことはあった。だが、ほとんどは尻込みした。来るようになっても、数回で姿を見せなくなった。

小黒さんは軽い気持ちで斉藤さんに声をかけた。いつもの癖、ともいえる。そして、斉藤さんも刃物を打つ真似をすれば満足するだろう、としか思っていなかった。
斉藤さんは違った。原則毎週土曜日、授業が混んでいない時期はほぼ毎日、前橋市の下宿から小黒さんの店に車でやってきて鍛冶仕事に励みだした。いつまでたっても途切れない。

「この若者、熱心だな」

小黒さんはいつしか、

ちょっとばかりのアドバイス

をするようになった。

「槌はもっと軽く握らなきゃ」

「ほら、火床から出すのはいまだよ」

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