私に小黒さんの存在を教えてくれたのは斉藤さんだった。別件の取材で前橋市の群馬大学医学部を訪れたときだ。見知らぬ学生が寄ってきて、突然
「記者さんですか?」
と聞いてきた。恐らく、一眼レフのカメラをぶら下げていたからだろう。
そうだ、と答えると、小黒さんを取材して記事にしてほしいという。あれこれ話を聞いていて、そういえば見たこともないほど鋭い刃を持つ鍬を何本も店頭に並べた店が桐生にあったことを思い出した。隣の動物病院に愛犬を連れて行った時の記憶である。どうやらそれが小黒金物店らしい。
しかし、記事にしろと言われても安請け合いはできない。考えてみるとだけ答えて大学を出た。
数日考えた。目新しいことはないからニュースではない。だが、弟子を取らない師匠に押しかけ弟子ができたという街の話題としては取り上げることができる。すぐに取材し、記事にした。小黒さんとはそれ以来のお付き合いである。
鍛冶場に入って小黒さんの仕事を見る。お茶をいただきながら話を伺う。そのうち、小黒さんが鍛えた刃物がほしくなった。
が、私は料理人ではない。農作業もしない。庭仕事も苦手だ。どうも、刃物とは余り縁のない暮らしである。では、何が良かろう? と考えてナイフを思いついた。
まずショーウインドウを覗いた。10本ほど飾ってあった。
「この程度の大きさがいい」
と思った切り出しナイフには鞘がない。始末の悪い私は、鞘なしのナイフは道具箱に放り込んで刃こぼれさせそうである。だから何としても鞘つきがほしい。だが、置いてある鞘つきナイフは大きすぎて取り扱いに困る。
「うーん」
と考え込んでいると、小黒さんが
「じゃあ、新しくつくるわ」
といってくれた。ありがたく申し出を受け、サイズを告げた。
「出来たら連絡するからさ」
そんな声を背に小黒さんの店を出た。小黒さんが鍛えたナイフが私のもになる。なんだかワクワクした。